The show must go on-10-
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「すごーい君影くん時間ぴったりじゃない!」
ロケバスに着いた四人は二人のヘアメイクと一人の衣装担当のスタッフに迎え入れられた。
「そりゃもう、慣れてますから」
三人のスタッフの拍手に君影は片手を上げて応える。
君影に続いて、志智、多喜、シュティと入っていく。
「さぁ、一気に仕上げるわよ~!」
最初に声をかけた女性スタッフがそう声を上げると、ロケバスの中は戦場のような空気が生まれた。
「はい、多喜くん! 芸能人の顔になって!」
多喜は、化粧水のパッティングでびしびしと叩かれた。
「シュティくんは今日はちょっと険があるわよ! は~い天使顔!」
シュティは強制的に顔をマッサージをされた。
「大きい二人組は先に着替えて!」
多喜と一つしか違わないんやけど! と不満を漏らしつつ志智は着替えに入る。
「パワフルだね~、呉羽さん、いつもながら」
そう君影は衣装担当のスタッフの男性に声をかけると、その男性は「肉食系女子って奴ですかね」と苦笑した。
「馬刺に焼酎とか似合いそうやもんな呉羽さん」
志智もそれに乗っかると。
「それ、私の好物よ!」
呉羽さんと呼ばれているヘアメイクの女性はそう応えると豪快に笑った。
ロケバス内に和やかな笑いが起こっている頃、I.O.Lプロデュースの観光大使メンバー最後の一人、神鳥ルイの周囲は緊迫した空気に包まれていた。
「お嬢様! 申し訳ありません、操縦不能です!」
島の上空約700メートルでパイロットの絶望的な声を聞いてしまったのだ。
スカイダイビングを楽しむには高度が足りないな、と反射的にルイは思った。
いやいや、高度が100メートル以上あるのだからパイロットになんとか軟着陸に頑張ってもらうのが筋なのだろう。島にさえ近づかなければ、回りは海ばかりだ。
ルイと一緒にヘリコプターに乗っていたお嬢様と呼ばれた女性は、その報告に形の良い鼻を鳴らして口をゆがめただけで、取り乱す気配はない。
胆のすわり方が尋常ではないのが、朱鷺羽静香が朱鷺羽静香たるゆえんである、とでもいうかのような落ち着きぶりで、むしろ、パイロットの方が取り乱してしまっている。操縦桿をがちゃがちゃと動かし、「どうしたらいいんだ!」といった内容の言葉を叫びながら慌てふためいていた。
これでは、助かるものも助からない。
困ったな、とルイが思った時、予告なく静香が自分のシートベルトを外しにかかった。
「ルイ、落ちる前に行くわよ」
まるで、停車中の車から降りるかのような気軽さでルイを誘った。
ところが、ルイが「はい」と応える前に、今まで取り乱していたパイロットが豹変した。
「おっと、助かってもらっちゃ困るんだ」
手にはナイフを握っている。
弱ったな、とルイは思った。
静香は、しばらく無表情のままナイフを握ったパイロットをまっすぐに見つめていたが、やがて、大きくあでやかに笑った。
思ってもいなかった表情に「え」と虚をつかれたパイロットは、おもむろに静香が自分の脱出用パラシュートをナイフの切っ先にあて、そのまま押してくる力にのけぞってバランスを崩してしまった。
ルイはその隙に、自分もシートベルトを外し、パラシュートを背負い、静香を自分の腹にくくりつけタンデムジャンプの体勢を整えた。
静香が扉を開くのを助ける。
体勢を立て直せない暗殺者のヒステリックな笑い声が後ろから聞こえる。
「そのパラシュートは開かないように細工してあるんだ、さようならだなお嬢様!」
その声を振り切るかのように、ルイは「行きます!」と声をかけ、ヘリコプターから飛び出た。
すみません、あなたを信用していなかったわけではないのですが…。
ルイは、心の中で暗殺者に豹変したパイロットに詫びた。
数秒後、パラシュートは見事に開いた。
(自分で使用するものは自分で管理、が基本な職業なものですから…)
神鳥ルイ(かんどり るい)、年齢二十三歳。I.O.Lプロダクションに在籍するモデル。
褪せた金髪に静かなブルーグレーの瞳を持つ日仏混血のショーモデル。
趣味は、スカイダイビング。趣味が高じてインストラクターの資格も持っている。徹底した自己管理をモットーとしているため、本日も自前のパラシュートを持ち込んでいた。