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第3話 マウントには負けないわ!



午後の大学講義室は静かな空気に包まれていた。学生たちはそれぞれノートを広げ、講義の始まりを待っている。やがて年配の講師がゆっくりと部屋に入ってきた。


「皆、静かにせよ。今日は付喪神の扱いについて学ぶ。」


黒い袴に白い羽織をまとい、落ち着いた眼差しを持つその男――鷹村義之たかむら よしゆきは、霊庁でも名高い付喪神の専門家であり、陰陽術の重鎮だった。


「この展示室に飾られている帯や人形たちも、ただの物ではない。長い年月を経て霊が宿り、意思を持つ付喪神となっておる。」


講義室の隣にある展示室の映像がスクリーンに映し出される。そこでは着物の帯や古びた人形たちが所狭しと並び、ひっそりと静かに佇んでいた。


「最近、付喪神たちの様子が落ち着かず、騒ぎを起こすことが増えておる。今日の演習は、彼らの不満を聞き、調和を取り戻すことだ。」


学生の中でざわめきが起こった。付喪神たちが“主張”をしているというのは一見奇妙な話だが、陰陽師として対話や調整が必要な現実である。


義之はゆっくりと頷き、続けた。


「彼らの不満は主に、適切な“メンテナンス”や“交流”の不足。長期間、日の当たらぬ場所に閉じ込められたり、手入れを怠られれば、精神的にも荒れてしまう。」


沙紀は頭の片隅で、先日の銭湯で河童たちとやりとりした場面を思い出していた。あの時も彼らの理屈に翻弄されつつ、対話で解決しようとした。失敗したが。


「今度こそなるべく穏便に、彼らの気持ちを汲み取りつつ過ごそう――」


そう心に決める沙紀だった


教室での講義が終わると、義之は学生たちを展示室へと案内した。古い着物の帯や人形たちが所狭しと並ぶ薄暗い部屋に入ると、そこはまるで時間が止まったかのようだった。


しかし、沙紀はすぐに異変を感じた。帯の端がわずかに揺れ、人形の目がほんの少し光を帯びている。彼らがざわつき、互いに声をかけ合うような気配が伝わってきたのだ。


「やれやれ……また始まったか」義之が小さく呟く。


「どうやら、この付喪神たちは最近の展示環境に不満があるようだ。特に、日光に当たらず、来訪者も少ないのが寂しいらしい」


突然、一体の古びた人形が口を開いたように見えた。


「影干しが足りん! 埃もたまるし、誰も話しかけに来ないとはどういうことだ!」


帯の付喪神も頷きながら、


「われわれにも心がある。粗末に扱うなと言いたいのじゃ!」


と、怒りを込めた声が展示室の空気を震わせる。


義之は穏やかに、


「わかっておる。お前たちの声はちゃんと聞いている。今日は学生たちが皆で対話し、メンテナンスを行う演習だ」


と説明した。


沙紀は前日の銭湯での河童騒動が頭をよぎった。あの時も話が平行線で苦労したが、相手の気持ちを尊重しないと何も解決しない。


「対話が大事……」


沙紀はそっと息を吐き、展示室の付喪神たちに向き直った。


「皆さん、ごめんなさい。あなたたちのこと、もっと大切にします。埃も払いますし、影干しも計画的にやります。寂しいのもわかりますから、できるだけ話しかけますね」


付喪神たちは一瞬静まり返ったが、やがて一体の帯がふわりと揺れて、


「それなら、まずはこの古い埃を払ってくれんかの?」


と穏やかな声で言った。


沙紀は笑顔で頷き、そっと帯を取り、優しく埃を払い始めた。


展示室は次第に和やかな空気に包まれ、付喪神たちのざわめきは次第に静まっていった。


義之は満足そうに頷いた。


「これで今日は合格じゃ。お前たちが心を込めて接することが一番の修行だ」


沙紀は心の中でつぶやいた。


「陰陽師って戦うだけじゃないんだな……」


その日の演習は、付喪神たちの不満を聞き、調和を取り戻すという貴重な学びになった。


だが、沙紀の胸には、河童騒動の教訓と共に、これからも多くのトラブルが待ち受けていることを確信させる予感があった。


展示室が少しずつ和やかな空気になったその時、他の学生の一人が古い人形に興味本位で不用意に手を伸ばした。


「ちょっと、これ、昔の人形でしょ? なんか幽霊とか出そうで怖いんだけど」と、不遜な口調で人形をつかもうとする。


その瞬間、展示室の空気が一変した。人形の目が鋭く光り、金属がきしむような低い唸りが響き渡った。


「なんと無礼な!」と、人形の付喪神が怒りをあらわにし、重い声で叫ぶ。


展示室の帯や他の付喪神たちもざわめき出し、騒ぎが大きくなっていく。


沙紀がすかさず声をかける。


「みんな、落ち着いて! 大丈夫だから!」


しかし、人形の怒りは簡単には収まらず、展示室内に重苦しい緊張が満ちる。


そのとき、漆黒の長い髪を高く結い上げた玖珂くが真宵まよいが冷静な表情で一歩前に出た。


彼女の切れ長の金茶色の瞳が付喪神たちを静かに見据え、右手に数枚の霊符を取り出す。


「お騒がせしてすみません。皆さんの気持ちはわかります。私が収めます」


玖珂は一枚の霊符に呪文を唱え、空中に掲げた。すると符は青白い光を放ち、付喪神たちを包み込む。


「古き者たちよ、怒りを鎮め、安らぎの地へと帰れ」


霊符の光がじんわりと広がり、付喪神たちの怒りは徐々に静まり、騒ぎは収束に向かった。


沙紀は玖珂の霊符術の確かさに感心しつつも、少しだけ彼女の冷静さに圧倒される。


玖珂は乱暴に人形を掴んだ学生に


「今回はこれで済みましたが、もう少し気をつけるべきですね」


と声をかけ、沙紀の方へ歩いてきた。

玖珂は腕を組み、不満げに言った。


「ねえ、あの河童騒動、ホワイトドラゴンで無理矢理解決しちゃったけど、もっとスマートにできなかったの?蓮真さんに迷惑をかけてるんじゃないかって、心配になっちゃった。」


急なマウントに驚きつつも冷静に返す。

沙紀は軽く鼻で笑いながら、

「現場にも呼ばれない実力不足のくせに、何言ってるの?」


たちまちカッとなった玖珂はムキになって反論した。

「違うわよ!ホワイトドラゴンのおかげじゃない。私だって、ちゃんと現場の事情を見てたし!」


沙紀はニヤリと笑って、

「ホワイトドラゴンも実力の一つよ。あなたにあれを呼べる?」


沙紀にカウンターを決められて玖珂は悔しそうに目をそらし、顔をしかめた。

「……それは……」


沙紀は楽しげに続ける。

「現場は結果がすべて。とりあえず私は無理しなくても、ちゃんと仕事はできてるってこと。」


玖珂はムキになって悔やむも、言葉が出なかった。


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