⑦
「裕子ーっ!! あんた起きてんの!? 起きててよ!!」
バンバンッ! と玄関の扉を叩く音が、朝の住宅街にやたら響く。
裕子は寝巻きのまま、片手に歯ブラシを持ちながら扉を開けた。
「なに!? ってか、こっちは今、ちょうど歯磨いて──うわ、真由美、顔ヤバ」
「ヤバいのは地球だってば!! 見た!? ニュース!! 隕石!! 地球、終わるって!!」
「……ああ、アレね。うん、見た。やばかったわねー、てかあたし明日何着て死のうか迷ってたところ」
「ちがうのっ!! 健斗っ! 健斗が、来るかもしれないのっ!」
裕子は、あーまたコレか、という顔で口を半開きにしたまま、歯ブラシをくわえ直す。
「…いやそれ、なんでこのタイミングで来る前提なのよ?」
「だって!! この世界が終わるって時に、健斗が来ないわけないもん!!」
「……恋ってすげぇな」
真由美はもうパニック寸前だった。リビングに座っても落ち着かず、何度も立ったり座ったりして、手元のスマホを握ったまま、通知が来ないかを見続けていた。
「やっぱLINE、送っとくべきかな……でも、なんて送ればいいの!? 『地球終わるね!元気?』とかおかしいよね!? やっぱ……『会いたい』って送るべき?」
「いや、その前にさ、本当に彼がここまで歩いて来てるって思ってんの?」
「思ってる!! 絶対、来る!!」
「……恋ってやっぱすげぇな(2回目)」
裕子は、歯ブラシを口から外して、ティッシュで口をぬぐった。
そして、ぽん、と真由美の肩を叩く。
「じゃあ、迎えに行こう」
「えっ!?」
「って言いたいとこだけど、正直どの方角から来るか分かんないし、山越えだったらスマホも電波届かないかもでしょ? だったらさ、ここで待つしかなくない?」
「……うん、うん……そうなんだけど……」
「待つって、そーとーキツいよ。でも、あんたさ、ずっと待ってたじゃん。3年も。だったらあと数時間くらい、余裕でしょ?」
「……なんでそんなときに限って、正論言うのよ」
「こっちはこの3年、ずーっと、あんたと健斗のモヤモヤを横で見せられてんのよ。こっちが成仏できないわ」
「まだ死んでないでしょ……」
「死ぬ予定よ、明日には! もう寝られる気しないし、化粧しとくか迷ってんのよ!」
「バカ……」
そう言って、真由美は裕子の隣で、ソファに腰を下ろした。
窓の外では、静かな夜が続いていた。
でもどこかで、誰かが、大事な人に会いに行こうとしてる。
自分だけじゃない。みんな、きっと、大切な誰かのことを想ってる。
そう思ったら、少しだけ、呼吸が深くなった。
「……ほんとに、来ると思う?」
「来るよ。だって、あいつバカだもん」
「うん……バカだよね……」
「ほんとバカ」
「……でも、好き」
「……知ってるよ」