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山は静かだった。

ほんとに、驚くほど静かだった。


車の音もしない。バイクもチャリも人の気配もない。

なのに空は、どこかうるさかった。

でっかい月が出てて、やたら明るい。月ってあんなに眩しかったっけ?


俺は足元を見ながら、ガードレールのないくねくねした山道を歩いてた。

街灯はほとんどなくて、スマホのライトだけが頼りだったけど、

途中でバッテリー残量が「8%」って表示されたから、即オフにした。


……こんな時にスマホの充電なんか気にしてるの、俺だけなんじゃないか。


ポケットに手を突っ込んで、ひとりごちる。


「なあ、父さん、母さん。なんで、こんな時に地球終わるんだよ」


答えが返ってくるわけもなく、代わりにフクロウっぽい鳴き声が遠くで響いた。


坂を上りきったとこで、ぽつんと明かりが灯ってた。

古びた茶屋。つぶれたと思ってたけど、まだやってたのか。


暖簾は半分破れてて、のれんっていうか、ただの布切れだったけど、

戸が少し開いてて、中に誰かがいる気配がした。


……いや、ここまで来たら、もう引き返せない。

もしかしたら、あったかいお茶の一杯くらい、もらえるかもしれない。


「すみません、誰かいませんかー……」


ガラガラと戸を開けると、中には小柄なおばあちゃんが座ってた。

ちゃぶ台の上に急須と湯飲みが置いてあって、俺の顔を見てゆっくり笑った。


「……おやまあ、こんな時間に。若いの、どこまで行くつもりだい?」


「……地元まで。山の向こうの町です。歩いて」


「ははあ、そうかい……最後に会いたい誰かでも、いるんだね?」


一瞬で見抜かれた気がして、ドキッとした。


「……まぁ、はい。そんな感じです」


「……お茶、飲んできな」


湯気の立つ湯飲みを目の前に置いてくれた。

飲んだ瞬間、涙が出そうになった。

温かい。お茶って、こんなに沁みたっけ。


「……ありがとう、ございます」


「うん。がんばんなさいよ、若いの。……会えるといいねぇ」


「……はい」


戸を閉めて、また歩き出す。

背中に、おばあちゃんの声がふわりと届いた。


「――間に合うといいねぇ」


歩きながら、小さくうなずいた。


うん、間に合わせる。絶対に。

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