⑤
山は静かだった。
ほんとに、驚くほど静かだった。
車の音もしない。バイクもチャリも人の気配もない。
なのに空は、どこかうるさかった。
でっかい月が出てて、やたら明るい。月ってあんなに眩しかったっけ?
俺は足元を見ながら、ガードレールのないくねくねした山道を歩いてた。
街灯はほとんどなくて、スマホのライトだけが頼りだったけど、
途中でバッテリー残量が「8%」って表示されたから、即オフにした。
……こんな時にスマホの充電なんか気にしてるの、俺だけなんじゃないか。
ポケットに手を突っ込んで、ひとりごちる。
「なあ、父さん、母さん。なんで、こんな時に地球終わるんだよ」
答えが返ってくるわけもなく、代わりにフクロウっぽい鳴き声が遠くで響いた。
坂を上りきったとこで、ぽつんと明かりが灯ってた。
古びた茶屋。つぶれたと思ってたけど、まだやってたのか。
暖簾は半分破れてて、のれんっていうか、ただの布切れだったけど、
戸が少し開いてて、中に誰かがいる気配がした。
……いや、ここまで来たら、もう引き返せない。
もしかしたら、あったかいお茶の一杯くらい、もらえるかもしれない。
「すみません、誰かいませんかー……」
ガラガラと戸を開けると、中には小柄なおばあちゃんが座ってた。
ちゃぶ台の上に急須と湯飲みが置いてあって、俺の顔を見てゆっくり笑った。
「……おやまあ、こんな時間に。若いの、どこまで行くつもりだい?」
「……地元まで。山の向こうの町です。歩いて」
「ははあ、そうかい……最後に会いたい誰かでも、いるんだね?」
一瞬で見抜かれた気がして、ドキッとした。
「……まぁ、はい。そんな感じです」
「……お茶、飲んできな」
湯気の立つ湯飲みを目の前に置いてくれた。
飲んだ瞬間、涙が出そうになった。
温かい。お茶って、こんなに沁みたっけ。
「……ありがとう、ございます」
「うん。がんばんなさいよ、若いの。……会えるといいねぇ」
「……はい」
戸を閉めて、また歩き出す。
背中に、おばあちゃんの声がふわりと届いた。
「――間に合うといいねぇ」
歩きながら、小さくうなずいた。
うん、間に合わせる。絶対に。




