③
社会人になってからの俺は、もう別人だったと思う。
なんつーか、感情とか、ほぼ削れてた。
朝出社して、深夜に帰って、飯はコンビニ。風呂も寝るのも効率重視。
毎日、カレンダーに「×」をつけてくのが唯一の趣味っていうか、習慣?
そんな生活をしてたら、「真由美」って名前すら、口に出すのがこそばゆくなってた。
あの日までは、ね。
カレンダーに「△」って書いてた、奇跡の連休初日。
やっと墓参り行けるって、早起きして、歯も丁寧に磨いた。
部屋に射し込む朝日が、なんか今日は優しいなって思った矢先、
スマホが、鳴った。
ニュースアプリの通知。
《NASA発表:明日、小惑星が地球に衝突。回避は不可能との見解》
……は?
って思ったけど、指が勝手にスワイプして、動画を再生してた。
「衝突まで残りおよそ27時間。世界各国は混乱を避けるため、平静を保つよう呼びかけています」
ナレーションが他人事みたいに言うけど、頭が真っ白で、心臓が変な音を立ててた。
で、そのまま崩れ落ちたよね。コンビニの袋、床にぶちまけたまま。
何時間か、その場で動けなかった。
っていうか、泣いた。わりと情けなく。
「やっと休み取れたのに」って。
「これからやり直そうと思ってたのに」って。
でも――
次に思い浮かんだのは、真由美のことだった。
高校の時のあの顔。卒業式の日、声をかけたときの、あの嬉しそうな目。
あれが、ずっと頭から離れなかった。
「告白、まだだったな」
俺は立ち上がって、シャツを着替えて、鞄も持たずに家を出た。
もう、会社も社会も知らん。
電車も止まってたし、バスもタクシーも全部ダメだった。
でも、道はある。足がある。
だったら、歩くしかないじゃん。
最後の時間、最後の気持ちを、あの子に伝えに行く。
これで笑われても、フラれても、世界が終わるならもう、怖くなかった。
山道はきつい。スニーカーも、すぐに泥だらけになったし、
途中で足をくじいて、腰のあたりもズキズキ痛んだけど、
それでも、不思議と心は軽かった。
道すがら出会う人たちがさ、みんな優しくて泣けた。
「気をつけて帰りなね」「誰かに会いに行くのかい?」
そんな声が、まるで背中を押してくれるみたいだった。