㉒
「……星、きれいだね」
真由美がポツリと言った。
空は驚くほど澄んでいて、街の明かりが少し落ち着いたせいか、星がたくさん見えた。
まるで、最後の夜を惜しむように、空がいつもより輝いている。
「こんなに星って、あったんだな……」
健斗は空を見上げたまま言った。
ふたりは並んで座り、肩が少しだけ触れていた。
誰もいない丘の上。遠くからは何も聞こえず、ただ風の音だけ。
「怖い?」と真由美が聞く。
健斗はしばらく黙って、それから静かに答えた。
「……うん。正直、すげえ怖い。でも、こうして真由美と一緒にいると、なんていうか……怖いけど、良かったなって思える」
真由美は、そっと健斗の手を握った。
「……私ね、高校のとき、ずっと待ってたんだよ。健斗くんが……いつか気持ちを伝えてくれるんじゃないかなって。でも、言ってくれなくて」
「ごめん」
「ううん。私も、言えなかったし。……でもさ、たぶん、あのときじゃダメだったんだよ。今こうして、最後の夜に一緒にいられるってことは……たぶん、今がその時だったんだよ」
健斗は、じっと真由美を見つめて、ゆっくりとうなずいた。
その目が少し潤んでいるように見えたのは、星のせいか、風のせいか。
「……好きだよ、真由美」
「……うん。私も。ずっと、好きだったよ」
ふたりはそっと抱き合った。
静かな、でも確かな気持ちを抱えて。
――遠く、空の色が少しずつ変わり始める。
それが夜明けではないことを、ふたりは知っている。
けれど、その光の中で、ふたりは微笑んだ。
まるで、ようやく辿り着いた約束の場所に立っているようだった。
木の陰から、こっそり覗いていた裕子が鼻をすすった。
その横には、真由美の父と母。三人とも、言葉はなく、ただ見守っていた。
「……なに、青春してんのよあの二人……」
裕子はぽつりと呟いた。
「で、なんで私だけ、こんな美しいラストシーンを隠れて見届けてんのよ……」
ぼやきながらも、どこか泣き笑いの顔だった。
――空が、少しだけ、ほんの少しだけ、明るくなった気がした。