㉑
縁側から庭へ出ると、空にはすでに星がいくつか瞬いていた。
夕焼けが薄れて、群青が静かに世界を包んでいく。
アスファルトも、木々も、瓦屋根も、その輪郭がやわらかくなる時間。
真由美は、小さく息をついて空を見上げた。
隣に健斗。少し離れて、裕子。
「……こんなに星、見えたっけ」
真由美がぽつりと言うと、健斗も見上げながらつぶやいた。
「うん……俺、いつぶりだろうな、空ちゃんと見たの。たぶん……高校の帰り道とか、そんな頃」
「ふふ……そんな昔じゃないでしょ」
「いや、俺にとっては、遠い昔なんだよ」
風が、少しだけ吹いて、真由美の髪が揺れた。
健斗が思わず手をのばして、それを耳にかけようとして――途中で止めた。
真由美はそれに気づいたけど、なにも言わない。
ただ、また空を見上げた。
「……今夜、どうなるんだろうね」
「……さぁな。でも、思ったより怖くない。……たぶん、今こうして、真由美に会えたから」
「なにそれ……ずるい」
ぽつりと笑った真由美が、健斗の横顔をちらりと見る。
裕子はその様子を少し離れた場所から見ていて、大きく伸びをした。
「まーた始まったよ、この空気。もー、こっちが照れるっての……」
裕子の声に、ふたりが笑った。
「……ありがとう、健斗くん。来てくれて」
「うん……ごめんな、遅くなって」
「……遅すぎ」
真由美の声は、少し震えていたけど、やさしかった。
空には、ひときわ大きな星がひとつ、ゆっくりと流れていた。