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裕子が洗い物を片付けてる間、
健斗と真由美は、居間のソファに並んで座っていた。
「……ねえ、ほんとに……歩いてきたの?」
「うん、電車も止まっててさ。バスも、タクシーも。なんにもなかった」
「え、あの山も越えたの?」
「越えた。たぶん人生で一番、汗かいた」
「……バカみたい」
「バカだよ。でも……最後ぐらい、ちゃんと顔見て言いたかったんだ」
真由美はしばらく黙って、
ぎゅっと膝を抱えて、唇を噛んだ。
「……私、ずっと待ってたよ。ほんとにずっと」
「ごめん。あのとき……卒業式のあと、言うつもりだった」
「知ってる」
「え?」
「スマホ、鳴ったときの顔。覚えてるから」
「……」
「結局、言えなかったんだよね」
「……うん」
「でも、わたしも言えなかったから。……おあいこ、かな」
ぽつぽつと落ちる言葉が、静かに重なっていく。
「……なあ、最後の時、どこにいたい?」
健斗が聞いた。真由美の横顔を見ながら。
「うーん……どこっていうか、誰と、かな」
「俺でいいの?」
「バカ。いまさら他に誰がいんのよ」
真由美は少し拗ねたように言って、
でも次の瞬間、にこっと笑った。
そこへ、裕子が台所から顔を出す。
「おーい、ふたりとも、決まった? 最期の時、どう過ごすか。
なんだったら、うちの庭でもいいよ? 焼き鳥と缶ビール用意しとくけど?」
「……いや、ちょっと歩きたい」
健斗が立ち上がった。
「歩く?」
「うん。せっかく来たんだし……ちょっとだけ、街を見て回りたい」
「じゃあ、つきあう」
真由美も立ち上がる。
裕子は手を振った。
「ほいほい、いってらっしゃーい。カップル爆誕ナイト散歩〜。
あ、途中でUFOとか落ちてきても責任持たないからねー!」
「……あんたは最後まであんたね」
真由美が苦笑いして靴をはく。
裕子は、ふたりの背中を少しだけ寂しそうに見つめながら、
静かに扉を閉めた。
吹き抜けていく風が、少し冷たくなっていた。