⑪
──あの朝のことを、今でも鮮明に覚えてる。
春だった。
少し肌寒いけど、やたらと晴れてて、空だけが無駄に青かった。
高校の制服って、なんであんなにパリッとしてんだろう。俺は着慣れてなくて、肩がムズムズしてた。
バス停には、すでに何人か並んでいて──
その中に、いたんだよ。
彼女が。真由美が。
……というか、正確には、最初に目に入ったのは、真由美じゃなかった。
その後ろにいた、ご両親だった。
お父さんとお母さん、二人してスーツ姿で、なんか初々しい新入生を送り出すって感じの空気出してて。
でも、バスが来た瞬間、それが満員で。
運転手が「あと一人だけ」って言った瞬間──
後ろのスーツのサラリーマンが「降ります」って言った。
え?ってなった。
でも、彼はさっと降りて、風みたいに去ってった。
そのおかげで、ご両親のうち、お母さんだけが乗れて──
お父さんはその場に残されて。
で、だよ。
その時、彼女──真由美が、その去っていくサラリーマンを……
ものすごい熱視線で見送ってたんだ。
まるでヒーローでも見送るように。
恋に落ちたかってくらいに、目がハートだった。
……俺はそれを見てた。
いや、というか、俺はすでに彼女を見てたんだよ。
制服が似合ってて、髪がちょっと風になびいてて、
目がキラキラしてて、──たぶん、その瞬間にはもう一目惚れしてた。
でも、そんな彼女が、別の男にハートの目してんのを見て、
「ああ、ダメだ……」って、なんか負けた気分になった。
──けど。
「俺だって、できる」って、思ってしまった。
あの視線を……俺のものにしたかった。
バカみたいだけど、それだけだった。
だから俺は──バスのドアが閉まりかけたところに、思いきって言った。
「……俺、走っていけるんで、譲ります!」
乗ってたオバちゃんに変な顔されたけど、譲って、降りた。
そして、真由美のお父さんがバスに乗った。
真由美は……
一瞬、俺のことを見た。
あの目が、ほんの少しだけ──サラリーマンのときと同じ輝きだった気がした。
たぶん……気のせいじゃないと思う。
そして俺は、バスが走り去るのを見送って──
「マジで走るんかい」って自分にツッコミながら、ほんとに走って高校に向かった。




