⑩
もう、どれだけ歩いたかもわからない。
たぶん、20キロ以上はあるいた。
足はガクガク、のどはカラカラ、何より腹が減ってた。
だけど、ようやく見覚えのある道が見えて、商店街を抜けて、神社の前を通って、
そして……懐かしい一軒家の前に、たどり着いた。
──真由美の家だ。
足が止まる。
体が、どっと重くなる。
もう、ここまで来たら、言うだけなんだ。
でも……どうしてだろう。インターホンを押せない。
「……さすがに、夜中の3時に押すのは非常識だよな」
ひとりで呟いて、苦笑した。
でも、もし明日が本当に「最後」だったら、非常識もクソもないんじゃないかとも思う。
思うけど……それでも、押せなかった。
この家の中で、真由美は寝てるんだろうか。
それとも起きて、ニュース見てるんだろうか。
いや、もしかしたら、もう避難してるのかも。
──そもそも、俺のことなんて、もう覚えてないかも。
ふと、塀の角に腰を下ろした。
地面の冷たさがジワジワと背中に染みてくる。
遠くのほうで、野良猫の鳴き声がした。
それ以外は、世界が止まったみたいに静かだった。
──ここまで来たのに、何もできない俺って、なんなんだろうな。
目を閉じて、空を仰いだ。
星が、昨日よりも、ずっとたくさん見える気がした。




