①
高校の入学式の朝だった。
…って言っても、別に新生活に胸を躍らせてたわけじゃない。早起きは苦手だし、ネクタイも締め方わかんないし、なんなら制服もちょっとダサい。なんで高校って3年間も制服なんだよって、まだ着てもないくせに思ってたくらいで。
家から駅まで、15分くらい。バスは1時間に2本。つまり乗り遅れたら終わり。
俺はいつもより10分早く出た。高校生らしくキリッとしたい、って思ったわけじゃなくて、単に父さんがいつもより早く家を出たから、なんとなくつられて。
バス停には、俺の他に3人いた。
中年の夫婦と、その間に立つ…たぶん、娘さん?
彼女が、真由美だった。
このときの俺は、まだ名前も知らなかったけどね。
バスが来た。
思ったよりも、っていうか、あり得ないくらい混んでた。ぎゅうぎゅうのパンパン。
運転手さんが言う。「あと一人だけ、乗れますよー」
父親が乗ろうとしたんだけど、後ろから誰かがぬっと降りてきた。
スーツのサラリーマン。たぶん20代後半くらい?なんか疲れた顔してたな。
そいつが、「仕事めんどいんで、どうぞ」って笑って降りた。
母親が乗った。
父親は一人残されて、バスを見送ることになった。
そのときだった。
真由美がね、そのサラリーマンを…ものすごい熱い目で見てたんだよ。
尊敬?感謝?…うーん、たぶん「かっこいい」って思ったんだと思う。
で、俺はっていうと、その視線を見て、思ったんだ。
あ。
その目、俺のものにしたい、って。
なんでか知らんけど、気づいたら俺、走り出してた。
「俺も間に合うから、譲ります」って、バスに向かって手を振って、無理やり降りた。
そしたら父親が「おお、すまん」って乗り込んで、バスのドアが閉まる。
バスが走り去っていくのを見ながら、真由美が小さく笑った。
その笑顔が、もう…なんていうか、すべてを肯定された気がした。
そこからだった。
俺の、ちょっと不器用で、ちょっと遠回りな恋の話は。




