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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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琥珀糖の夢

 その種族は美しく死んだ。はくとうのように死んだ。宝石を思わせるお菓子のように、きらきらと体が崩れて死んだ。


 彼らは人間に、その死にざまから『琥珀糖』と呼ばれていた。なんでも何百年も昔、世界と異世界のさかいに出来た()()()()から迷い込んできたという話――だが本当のことは、人間にも、当の琥珀糖たちにも分からない。


 琥珀糖たちは、その見た目も美しかった。ピンクやもえうすむらさき……さまざまな色の透けるような肌を持ち、男女とも天使を思わせる中性的な顔立ちだった。


 武器を持たぬ、おとなしい、歌うように話す種族を、人間たちは『ペット』として扱った。寿命を終えて崩れた体は、本物の琥珀糖のようにしゃりしゃりとした食感で、確かに美味しかったので、人々はそれを当然のように口にした。


 琥珀糖たちは何も言わず、その仕打ちに耐えていた。口に出さぬ鬱屈は美しい身の内に静かに溜まり、積もり積もって泥のように、永いながい時を経て、『毒』という形に進化した。寿命を終えてばらばらに花咲いたかけたちは、もうお菓子ではなくなっていた。


 人々はそれを知らず、変わらず亡骸を口にした。毎日のように口にするうち、人は静かに死んでいった。眠るように、原因も分からず死んでいく者が、だんだん数を増やしてきた。人間はやがていぶかしみ、原因究明に乗り出して……琥珀糖の身の内に芽生えた毒に気づいた。


 人間は、琥珀糖を捨てた。『もう可愛くなくなったから』と、こどもでなくなった犬や猫を捨てるように……琥珀糖たちは美しい透けるきぬものを身からはがされ、人間のコミュニティから追放された。


 琥珀糖たちは喜んでその運命を受け入れた。ペット扱いも、死後にお菓子として食べられるのにも、心底うんざりしていたから。彼らは世界の果てのはてに、自分たちだけのコミュニティをこしらえた。歌うように話し、武器など持たず争いもせず、美しくうつくしく暮らしていた。


 寿命を迎えた者は砕けてばらばらになり、毒を含んだ甘い琥珀糖と化した。仲間たちはその亡骸に敬意を示し、それが数百年、数千年の時を経て、土にかえるまでそのままにしておき、欠片を見れば黙って目を閉じ、祈りを捧げた。彼らの暮らす小さな『国』は、やがて彩りの欠片であふれんばかりになった。


 永いながい時を経て、身の内の毒のためにほとんど子孫を遺せなくなっていた琥珀糖たちは、静かに数を減らしていった。地面は美しい欠片であふれ、やがて彼らのコミュニティには、動くものはいなくなった。ただ美しい亡骸ばかり、亡骸のとりどりの欠片ばかり、きらきらと淡く輝いていた。


* * *


 戦争が起きた。人間の戦争だった、それがおしまいの戦争だった。戦争を起こす人間自体が、自分たちの造り出した凶悪過ぎる兵器にやられて、他の生物も巻き込んでほとんど滅んでしまったから。わずかな生き残りたちも核にやられて、いずれ息絶える運命だった。


 その運命から逃れようと、何とかして生き延びようと、ひとりの青年が焼けた足をひきずって、地の果てまでたどり着いた。皮膚はただれて剥がれ落ち、赤いぼろ雑巾みたいな生き残りの人間は、ただひとり『琥珀糖のコミュニティ』にぐちゃぐちゃの足を踏み入れた。


「……綺麗だ」

 青年は潰れた声でつぶやいた。そうして、それが限界だった。彼はその場に崩れ落ち、かすむ視界で懸命に、ありえないほど美しい光景を眺めて、眺めて、ながめていた。


「夢みたいだ」

 彼の目を薄赤く色づいた涙が伝い、もう一度声にしてつぶやいた。


「……綺麗だ……」

 そうして、彼は口をつぐんだ。赤いぼろ雑巾のような体から、今、魂が抜けていった。


 日の光を浴び、生き物の亡骸の欠片が輝く。無数の亡骸の欠片が輝く。赤くずたずたの死骸のまわりで、それは美しい、色とりどりの水晶みたいに。


 きらきら、きらきら、核の炎から唯一逃れた琥珀糖の小さな国は、幻想のおもちゃ箱のように、むなしくも美しく輝き続けた。


(完)

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