第9話
結局、私は大した抵抗もできないまま、夜が明けてきた頃に屈辱の帰国を果たした。王都の外れにある森の中を待ち合わせ場所に指定したようで、頑丈な闇魔術の檻に入れられてお姉さまを待つ。
(まだだ、まだ望みはある。なんたってヒロインとヒーローの初邂逅だもの)
何だかんだ言っても、一目見ただけでピーンと通じ合っちゃうんでしょう? 偶然にもここは本来のシナリオで二人が出会う森だ。らぶらぶイチャイチャからのちゅっちゅで真実の愛に目覚めるって私信じてるから。っていうかそうじゃないとほんとに私がアホすぎてざまぁされた方がなんぼかマシになっちゃうからお願いしますマジで。
「来たか」
皇子の声にハッと顔を上げる。木立ちの向こうからやって来たお姉さまは、今日も朝日に照らされてキラキラした美少女だった。すさまじく剣呑な目つきと、その手に携えたトマホーク(斧)が無ければ、だったけど。
「お、おね……?」
知らない、あんな般若の形相をした人、私知らない。いつも穏やかにほほ笑んで、虫も殺せないようなお姉さまはどこ? トマホークて。
引きずってきたそれを肩に担いだ聖女は、フシュゥ~~と、格闘マンガみたいな息を吐く。そして聖なる証のついた手を掲げると、モザイク必須なジェスチャーを清らかな笑顔の横に繰り出した。
「お会いできて光栄ですわ隣国の皇子様。初めまして死ね」
いや語尾。え、空耳? うーん、清楚で可憐なヒロインが運命の皇子様♡に向けて言うにしてはちょーっとだけ物騒だとプリシラ思うなぁ。うんわかってるよ照れ隠し的なあれでしょう? 頼むからそうだと言って、ここから始まる恋のトキメキを頼むから、ねぇ! あ、ちょ、唾吐くな!!
「貴様が聖女か。よく聞け! 妹はすでにこちらの手中に収めた、無能聖女には大したこともできまい!」
おいヒーロー! アンタだけは間違ってもそう呼んじゃダメでしょう! なにその、三下でもやらないようなゲス顔!? 親指を下に向けるな! モザイク合戦やめろ!
ダメだ……終わった……こんなんじゃ真なるチカラの覚醒どころじゃない。きっと私が間違えたんだ、こんな人がヒーローのはずがない。
「お姉さまコイツ危険すぎる。ひとまず逃げっ――」
檻の隙間から手を伸ばそうとしたその時、私の全身にビリッと静電気にも似た衝撃が走った。
「びぁーっ!!」
「プリシラ!」
痛みはそれほどでもなかったんだけど、ビックリ効果で必要以上に大きな叫びが出てしまった。あわ、あわわわ……。
「っ!?」
その時、大気の流れが変わった。口では上手く言えないんだけどこう……魔を扱う者なら思わずうなじがゾワッとなるような圧倒的なプレッシャーが場を満たしたのだ。その大元をたどった私は目を見開いた。真顔でこちらを見据えるお姉さまの全身が淡く光り輝いてる。とりわけ右手の聖痕は眩しいほどに光を放ち、解放されるのを今か今かと待って居るように明滅していた。
「わたしのかわいい妹に……っ」
斧を投げ捨て、その場でザリッと足元を擦った聖女は人でも殺しそうな目つきで腰を低く落とす。その体勢から押し出すように、こちら目掛けて光の球を発射した。
「何するのよー!!」
圧倒的な光が辺りを包み何も見えなくなる。思わず目をつむったその瞬間、バキンッと硬質な音が響いて、私を捕らえていた闇の檻だけがバラバラと崩れ落ちていく。
「プリシラ!」
「お姉さま……その光」
「え?」
こちらに駆け寄って来た彼女は、先ほどと変わらず眩い輝きを全身から放っていた。話で読んだ聖女の覚醒シーンそっくりだ。
その時、両手をパチパチとおざなりに叩く音が聞こえる。そちらを見ると皇子がやってくるところだった。
「良かったじゃないか。昔文献で読んだことがある。強すぎる力を秘めた聖女は初めは上手く力を出せない。それを解消するには『愛する者を強く護りたい』と強く決意し、真の力に目覚めるしかないとな」
え!? 家族愛でもいいの!?
皇子はまだ混乱している私たちの傍らにスッと膝を着いた。警戒を続けるお姉さまが私をギュッと引き寄せる。
「聖女セシル、色々と侮辱するような事を言ってすまなかった。非礼を詫びよう。実はそちらの妹御から頼まれて一芝居打ったんだ、荒療治だったが上手く行ったようだな。これからも隣国として貴国の安寧を祈る」
「……。本当? プリシラ」
まだ半信半疑のようで、お姉さまは厳しい表情を崩さない。え、っと、私も今聞かされたので彼の真意がどこにあったかと聞かれると、その、
「嘘だったらこの人、消し炭にしちゃうんだから!」
「わーっ! そうですそうです! 国際問題になっちゃうから止めてー!」
ピキュンピキュンと聖なる光を収束しだすお姉さまを慌てて止める。目があった皇子はニッと笑って口の端を上げてみせた。その表情に、私はぎくりと嫌な予感を覚えたのだった。食わせ物の文字が頭の中にチラつく……。