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第8話

 それはあなたが主人公ヒロインだからとは言えず言葉を濁す。うつむいたお姉さまは唇を噛みしめ手を震わせている。夕焼けに染まるその背中は小さく今にも消えてしまいそうに見えた。なめらかな頬を一筋の涙が滑り落ちる。


「ごめんね、こんな情けない姉で……」

 いっ……、



「いやあああああ! お姉さまの曇らせ展開とか地雷ですぅぅぅう!!」


 深夜。私は叫びながらホウキに乗って空を爆走していた。これは風魔術の応用で対象の物体に浮力を付けることが出来る――って今はそんな事どうでもいいのよ!


(お姉さまだって本当はすごい力を秘めているのに)


 前方をキッと睨み、私はますます飛行速度をアップさせる。

 いったいどこへ向かっているかって? お姉さまの悩みを聞いた私はふとこの世界のタイトルを思い出したのだ。


『義妹に全てを奪われた無能聖女ですが、隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので今さら戻ってきてくれと言われても遅いです!』


『隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので』


『 隣国の皇子 に 溺愛 されたら 』


(サボってんじゃないわよーっ!!)


 いや、出会うきっかけを奪ってしまったのは私なのだから、彼に怒るのはお門違いかもしれない。それでも文句の一つも言いたくなる、運命の相手なら早く会いに来んかい。


(だからこうして直談判しに来た!)


 やっぱり私じゃヒーローにはなれない。お姉さまを覚醒させるには正攻法でいかなきゃダメだ!

 眼下に魔術帝国の城を認めた私はホウキから飛び降りてダイレクト降下する。防御魔術らしき物も蹴破ってシュタッと着地したのは、お隣の国の皇族が住まうお城のとあるテラスだった。夜空を見上げていた銀髪の美青年がぎょっとしたように目を見開いたので、ツカツカと歩み寄る。


「見つけた! さっさと会いに来なさいよアルヴィス・シュニー! あなたに愛されないと、お姉さまが真の聖女に目覚めないのよ!」

「は? 貴様いまどこから……」


 困惑したように眉を上げる皇子様を前にして、私はハッとする。

 勢いに任せて来ちゃったけど、これってもしかして不法侵入? 境界侵犯? あと今、呼び捨てましたね。不敬イェーイ。


「あぎゃーっ! わたくしは決して怪しい者などではっ……そう! 素敵なお話を! お得情報を持って参ったのですよ! あなただけに!」


 怪訝な顔つきをする彼を見つめ返す。

 アルヴィス・シュニー。フロストヴェイン帝国の第一皇子にして、祖国を追い出されたセシルをかくまって溺愛する相手役だ。白銀の髪にキリッとした眼差しがカッコいい――言ってしまえばドがつくほどのテンプレ外見ヒーローなんだけど、でも実際目にすると神々しさ半端ない。どうでもいいけど、女性向け小説のヒーローって黒髪・銀髪・金髪しか居ないのは何で?


(お前がお姉さまを奪うのか、スカしイケメンめぇぇ)


 嫉妬で内心ギリギリしながらも、私は揉み手する勢いで必死に怪しいセールストークを繰り広げる。


「じ、実はですね、ぜひ一度お会いして頂きたいご令嬢がいるのです。もうほんとすっごい美少女だから、一目会うだけであなたと確実に恋に落ちますので、これはもう絶対です、シナリオ……じゃなくて運命なので!」


 顎に手をやり考え込んでいたアルヴィスは、視線をどこかに流しながらブツブツと独り言のように呟き始める。


「俺に愛されないと『お姉さまが真の聖女に目覚めない』? 聖女を擁すると言えば隣の国だが、結界はきちんと機能しているように見える。当代聖女が未覚醒ということは、あの強固な結界は誰が? 別の誰かの……魔術? あれほどまでの力量を持つ者がいるとは報告が上がっていない……が」


 あかん、一度言っただけなのにしっかり聞いてらっしゃるこの人。

 汗だらっだらな私に視線を戻し、彼はニヤと口の端を上げる。先ほどとは逆にこちらに歩いてくるものだから自然と後ずさり、壁際に追いつめられてしまった。トンと腕をついた彼は至近距離から面白そうにこちらを見下ろして来る。


「気に入ったぞ聖女の妹よ、まさかこれほどまでに魔術に長けた者が隣国に居るとは知らなかった。先ほどの見事な飛行術もそうだし、結界をピンポイントで開けたのも見事だ」

「いえ、あの、それは」

「否定しない。やはりあの国から来たのか」

「ぎゃーっ!」


 汚い悲鳴にクスッと笑った皇子様は、こちらの顎に手を添えると強制的に視線を合わせる。射抜くような強いまなざしに鼓動がドクンと跳ねたのは、何もときめきのせいだけでは無いと思う。


「決まりだな、あの国の結界はお前が張っている」


 ごくりと喉を鳴らした私は、まっすぐにアメジストのような瞳を見つめ返す。


「……だとしたら?」

「……」


 この人に嘘は通じない。でもほら、一応ヒーローだしさ? 悪いようにはしないんじゃない? 事情を打ち明ければお姉さまのために協力してくれるって信じ、あ、あ、あの、なぜ手首に闇魔術で拘束を?

 私を荷物のようにひょいと抱え上げた皇子は、いやに楽しそうに歩き出した。


「つまり防衛の要であるお前を捕らえてしまえば、隣国に攻め込むのに絶好の機会というわけだ」

「オァ゛――っ!?」


 待っ……あなた侵略とかそんな野心あふれるキャラでしたっけ!? 惚れたセシルに甘い言葉を吐いてドロドロに溺愛してスパダリ権力でドバーンとざまぁする(私に)役どころでは!?

 彼は手すりを乗り越えると、悠々と宙に飛び出す。そこら辺を周回していた私のホウキを捕らえると余裕で乗りこなしどこかへ――私の国へ向かって飛び始めた。こんな展開、嘘でしょう!? 隣国から攻め込まれたらお姉さまの失態どころの騒ぎじゃ済まないわ!


「お願いやめて! 不躾に訪問したことなら謝りますからっ」

「まぁ見てろ面白いことになるから。そうだな、先に聖女を郊外の森に呼び出しておくか」


 彼が手をクルッと返すと、動きに追従するかのように光が形成される。鮮やかな構築に思わず見惚れていると、面白そうにクスッと笑われてしまった。


「どうした、エルラントでは見たことが無いのか」


 なんだかバカにされたみたいでカチンとくる。ツーンとそっぽを向いた私は意地になって答えた。


「そのくらい子どもの頃に見たことありますし。なんだったらいじくって送り返した事もありますし!」


 あ、あれが届いたかどうかは定かじゃないけど。そう見栄を張ると、皇子様はなぜか黙り込んでしまった。どうしたのかとそちらを見上げると、文面をしたためてスッと飛ばしたところだった。


「あ゛――っ!!」

「隙だらけだなお前」

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