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第6話

「プリシラ?」


 詳しいことは言わずに、私はチョーカーのリボンを直して留め具の赤い宝石を指先で一払いする。すぅと息を吸い込んで、ん・ん・ん・あーあぁぁ。っと――よし、チューニング完了。


「カーダ様ぁ、お待ちくださぁぁンい」


 思いっきり鼻にかかったような声を出して、胸元をゆさゆさと振りながら王子を追いかける。廊下の少し先で振り返った彼に追いつくと手をギュッと握りしめ、上目遣いでうるうると懇願した。


「カーダ様、うちのお姉さまの事でちょっとだけ相談したいことがあるの、プリシラと少しだけ『おはなし』できません?」


 つま先立ちになり頬を寄せ、砂糖菓子みたいな声を吹きこんでやる。こちらの胸の谷間をチラッと見た彼は一瞬だけ鼻の下を伸ばしたのだけど、慌てて表情を引き締めた。咳ばらいをして馴れ馴れしく肩を抱いてくる。


「いいだろう、ちょうどそこに空き部屋がある」

「やったー、嬉しいっ」


 まんまと連れ込まれた私は、扉を閉めるなりすぐに壁際に押し付けられる。迫ってくる口を覆って止めると恥じらう様に頬を染めてみせた。


「やぁん、いけませんわ王子。あなたにはお姉さまという婚約者がいらっしゃるじゃありませんか」

「あんな地味女どうでもいいさ。言わなければ誰にもバレない」

「ダメですぅ、お姉さまに悪いわ」


 腰に伸びてこようとする手を掴んで止めると、逆に絡め取られて縫い留められてしまった。ニヤリと笑ったカーダ王子は、悪魔のような囁きを先ほどのお返しとばかりに吹き込んでくる。


「なに、だったらお前が聖女になればいい。あんなもの小細工でどうにでもなるさ」


 ふーん、なるほど。こう言ってプリシラをそそのかしたんだ。はぅぅ、と小さく吐息を漏らした私は戸惑うように顔を逸らす。


「でもでもぉ、それって国民を騙すことになりますよね?」

「構わない、民なんて所詮は貴族の奴隷さ。さぁ、難しい話はここまでだ、あとは体で仲良くお話ししようじゃない――」


 か。という言葉の代わりにガハぁ!? というきったない声が王子の口から零れる。まさか媚び媚びに迫ってきた女から 金 的 を喰らうとは思わなかったのか、彼は悶絶しながら床を転げ回った。


「~~~~!!?」

「サイッテーですよ。この、下半身王子が。王族としての心構えはどこに捨ててきたんです? 王妃様のお腹の中?」


 嫌悪たっぷりに触れられていた箇所を拭った私は、冷ややかな目線でうめく王子を見下ろす。息も絶え絶えな彼はこちらを見上げると信じられないように言った。


「ぷぷぷ、プリシラ? なにを」

「こんなあからさまなハニトラに引っかからないで下さいよ、一国民として国の行く末が心配になります」


 ようやく私の演技に気づいたのか、怒髪天を突いた王子は立ち上がると叩きつけるような大声を出した。……内またで股間を押さえたままという非常に情けない恰好だったけど。


「き、貴様ァァァー!! 次期王たる僕に対してなんたる無礼だ! 今すぐにでも兵を呼んで捕らえて……っ」

「どうぞどうぞ、まぁその前にこれを聞いた陛下と妃殿下が何というか楽しみですけどね」

「はっ?」


 チョーカーの首元の留め具を一撫で。すると赤い宝石に仕込んでいた魔術が反応し、カーダ王子の発言をそっくりそのまま流し始めた。


 ――構わない、民なんて所詮は貴族の奴隷さ……


「あ……あ……うそ、なんで!?」

「音っていうのは言ってしまえば空気の振動です。ですからこの魔石を受け皿に振動を記録しておいて、魔力の流れを逆流させるとそっくりそのまま放出するような術式を組み込んでおいたんです。すごいでしょう?」


 そのままだと音声も逆再生になっちゃうから、もう一回ひっくり返す構築が大変だったっけ。でもよくできました。

 ふふんっと鼻息荒く自慢する私に王子は目を光らせる。掴みかかって来ようとしたので、すかさず右足を後ろに振り上げる動作をしたら悲鳴をあげてソファの影に隠れてしまった。ため息をついた私は足を下ろしながら静かに言う。


「あなたに対しての憤りは色々ありますが、もっとも怒っているのはお姉さまを侮辱したことです」

「へ? 姉って、さっきの、セ……セシリ……」


 はい上乗せー。名前すらうろ覚えの彼を脅すように、私はチョーカーを手にゆーっくりと距離を詰めていった。ゴゴゴゴォと自分の怒りがオーラ化している気がする。


「出ましょうか王子。これをバラまかれたくなければ、セ・シ・ル・お姉さまに何をすればいいか……わかりますよね?」


 トドメの一撃で足元をダァンと打ち付けてやれば、女の子みたいな悲鳴をあげた王子は転げる勢いで飛び出していった。先ほどの客間に戻れば、お姉さまの足元で彼が跪いているところだった。


「せ、セシル! 先ほどの失言は全面撤回させてくれ!! すまなかった!」

「まぁ」


 半泣きの王子に手を差し伸べながら、お姉さまは驚いたようにこちらを見る。


「何かしたの?」

「ううん、人として正しい道を教えてあげただけだから心配しないで」

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