第47話
窓からの柔らかい風を感じて、私は足を止めて塔の外を見た。
季節は巡り、厳しい冬を乗り越えたフロストヴェインにも春の兆しが見えつつある。故郷の方角をぼんやりと見ていた私は「そうだ」と思いつき、自室からパラボラアンテナのような小さな装置を持ち出して窓辺に設置した。角度を調整して、背面部分に埋め込んだ魔石をそっと撫でる。明滅を何度か繰り返すこと数分、ふいに耳元で懐かしい声が響いた。
『えっと……プ……シラ?』
「わっ、成功! お姉さま元気?」
『すごい……本当……すぐ側……いるみた……』
「ちょっと待って、調整するから」
角度や出力を調整すると、ノイズ混じりだった音声がクリアになる。よし、と一息ついた私の背後を、バタバタと慌ただしく何人かが駆けていった。ふり返るとあいかわらず黒いフードをかぶった先輩たちがその場で足踏みをしながら声をかけて来る。
「あっ、プリシラさん。通信装置成功したの?」
「すごい! 後でレポートまとめたら見せてほしいな」
「おいそれより急げ、城への草案の提出締め切り今日までだっ」
「ひぃぃ~!!」
それをふふっと笑って見送った私に、お姉さまも楽しそうに声をかけてくる。
『忙しそうね。【魔術開発管理局】の噂はこちらにまで届いているわよ』
「いやぁ、びっくりだよね……まさか私がサブリーダーになるなんて」
未だに実感がわかず頭を掻く。そう、アルヴィスに一緒にできることを考えようと提案した私は、いつの間にか超重大なポジションに就けられていたのだ。
あの式典の後、私が提唱したのは「個々人の魔力を識別する仕組みを開発して、魔力を国に登録させないと魔術を使えない・学べない法を制定する」だった。……のだけど、皇族も交えて話をしている内にどんどん規模が大きくなってしまって、ついには【魔術開発管理省】なる機関がこの監獄塔に立ち上がってしまったのだ。第二研究所をそのまま引き継ぐ形でトップはアルヴィス。そして私が副所長として補佐を務め、元監獄塔の先輩たちも首輪を外されそのまま活き活きとやっている。
「他にも、学園からインターンで学生が来たり本当に賑やかで……」
『ふふ、でも楽しいんでしょう?』
お見通しと言わんばかりの確信を持った響きに、私はえへへと照れ笑いをしてからハッキリと答える。
「うん、すっごくやりがいがある。これまで曖昧だった魔術のルールを定めて、不正や犯罪に繋がらないようにしたいの。その後は、誰もが自由に魔術を学べるような流れに持っていくつもりよ」
『みんなの幸せのため、だもんね』
もちろん、ぜんぶがトントン拍子に上手く行くはずが無いのは分かってる。だけど、まずは行動しなきゃ。為せば成る。今までだってそうだった。きっと良くしていける。
『そういえばあの皇子のお母様だけど……』
お姉さまからの報告に私は自然と居ずまいを正す。
氷晶のゆりかごから出したアルヴィスのお母様は、目覚めることなく眠り続けていた。彼女が今回の魔石になっていたことは皇帝一家と私たちだけしか知らないので、密かに隣国に運んでお姉さまに治療して貰っている。
『起こすのにまだ時間はかかりそうね。だけど安心して、聖女の名にかけて必ず目覚めさせてみせるから!』
お姉さまの力強い言葉に安心感を覚える。いずれ目を覚ましてくれるだろうか。いつか彼と会わせて、わだかまりをちゃんと解消させてあげたいな。
「うん、よろしくね。んぐぐ……そろそろ魔力が」
通信装置を動かしていたせいで魔力がだいぶすり減り、私は苦悶の表情を浮かべる。とりあえずは成功したけど、ここの燃費も要改良だなぁ。
また連絡すると告げて通信を切ろうとする。別れの言葉を告げるとお姉さまは最後にこう締めた。
『頑張ってねプリシラ。あなたはわたしの誇りよ』
「えへへ……」
『そうそう、あの皇子に婚約祝いとして斧十本送りつけておいたから』
「そういう不穏なことはやめよう!?」
『一生嫌がらせしてやるからって伝えといて~』
「明るく言い残さないでー!!」
シュゥゥンとパソコンが落ちるような音がして通信が切れる。タイミングよく後ろでコツ、と靴音が鳴って、当の本人が呆れたような声を出した。
「あの、斧に対する異常なこだわりは何なんだ……」
「わかんないです……」
通信装置を片付けるのをアルヴィスも手伝ってくれるというのでお願いする。もう少し安定したら友好国同士で連絡網を繋げてもいいかもしれないと伝えると、少し押し黙った彼は乾いた笑いを浮かべながら言った。
「相変わらず、プリシラは規格外のアイディアを開発してくれるよな」
「ええ、私は魔術大国の皇子さまが認めてくれた天才なので」
自慢げに笑って部屋から出ようとしたところで、私は後ろを振り仰ぐ。
「ねぇ所長。私、改めて思ったんです。魔術って、確かに使い方によっては危険なものですけど、それでもたくさんの人を幸せにできる可能性を秘めてるって」
そう、そしてそのルールをこれから制定していくのは他ならぬ私たちなのだ。
「だからこれからも一緒に頑張りましょうね、アルヴィス!」
ニパっと笑うと、急に真面目な顔をしたアルヴィスはこちらの頬に手を伸ばしてきた。私の髪を耳に掛けるとのぞき込むようにしてこんな事を言う。
「なぁ、そろそろ愛称で呼んでくれてもいいんじゃないか?」
「えっ? 愛称っていうと……あ、アル? とか?」
単純に縮めただけなのに、私がその名を呼ぶと心底嬉しそうに頬を染めてほほ笑んでくれた。それが何だか気恥ずかしくて、こちらまで顔が熱くなってしまう。




