第45話
大広前へと向かう大きな扉の前で、その人は待っていた。
彼はこちらに気づくと頭のてっぺんからつま先まで見回して、エスコートの為の腕を差し出して来る。
「似合ってる、さすがは俺の春風」
「お、俺のって。急にキャラ変わり過ぎじゃないですか?」
「諦めるのをやめただけさ」
ぐっ、と顔が熱くなるのを感じたその時、目の前の扉が開かれ会場の様子が見えてきた。
待たせてはいけない――そして心のどこかで(助かった)と思いながら彼の腕を取る。沢山の人たちの歓声に包まれながら、私たちは一歩を踏み出した。
玉座に向かう緋色の絨毯を進むと、正面には銀髪の壮年の皇帝と、たおやかなほほ笑みを浮かべる皇妃が待ち構えていた。左にはおっとりとほほ笑むレスノゥ殿下も居る。
その前まで進み出た私たちは挨拶をするため頭を垂れた。
「今日の主役が来たな。顔を上げて楽にしてくれ、二人とも」
皇帝の言葉にスッと顔を上げる。
そう、あの劇烈な決戦から2か月ほどが経ち、今日はフロストヴェイン奪還を祝う祝賀パーティーの日だ。私は公爵令嬢に着飾らせて貰って目玉が飛び出るほど高いドレスを着てるし、隣にいるアルヴィスも同様に煌びやかな礼装を着ている。うぅ、緊張する。
「アルヴィス」
「はい」
幸いにも、先に声をかけられたのは皇子殿下の方だった。神妙な顔つきで見つめる彼に対し、お父さんである皇帝は立ち上がる。玉座から降りてくると隣に立ちしっかりと息子の肩を抱いた。
「国の重要機関がすべて凍り付く中、よく皆を統制しまとめてくれた。本当によくやってくれた」
手放しの感謝の言葉に、大広間にいた貴族たちから盛大な拍手が鳴り響く。その中心にいるアルヴィスは無表情を保とうとしていたけど、私にはその横顔が何となく嬉しそうなのが分かっていた。
その拍手が収まったころ、一歩引いて皇帝を見返した立役者ははにかみながらこう返す。
「いえ陛下。偶々偶然、私が難を逃れる位置に居ただけの話です。レスノゥが居たのならきっと同じように活躍をしてくれたことでしょう」
謙遜しすぎることもなく、それでいて正当な跡継ぎを立てることを忘れない姿勢に父君が満足そうに頷く。
「うむ。その功績を認め、アルヴィス・シュニーの皇位継承者としての復帰を認めようと思うのだが、皆の者どうだろう?」
「あいにくですが父上」
スッと手を挙げたアルヴィスは、その提案に待ったをかけた。軽いほほ笑みを浮かべながらこう続ける。
「そこは今まで通りでお願いしたい。私は皇位よりも研究をしている方が性分に合っていると思うのです」
皇位継承からの辞退に、広間がざわりと沸き立つ。けれども皇帝は落ち着いたもので、こほんと咳払いすると澄ました顔でこう返した。
「よかろう、本人がそう言うのであれば」
だけど、そこでちょっとだけ俯いたお父上は、近くにいる私たちにだけ見えるようにふふっと笑った。それを見とがめた息子が小さく問う。
「……なんですか、父上」
「いやなに、何から何まで聡い息子を持って俺は果報者だなと」
そうして見つめ返す眼差しは、国のトップだと言うのにどこかいたずらっぽくて、だけどもとっても愛情のこもった眼差しだった。
「ありがとうアル、また争いが起きるのを避けてくれて」
ぐっ、と声を詰まらせたアルヴィスの返事を待たず、皇帝は堂々と周囲に振り向くとこう宣言した。
「此度の栄誉を称え、アルヴィス・シュニーに『聖律の守護者』の称号を授ける!」
称号――国に特別な貢献をした者にしか与えられない二つ名に、会場がワッと湧く。端の方にいるエングレース公爵も満足そうに頷きながら手を叩いていた。出自から疎まれていた第一皇子は、こうしてようやく公に存在を認められたのだ。それを思うと何だか胸の奥から何かがこみ上げてしまう。良かったですね、本当に……。
「褒美を取らせよう、何か望みはあるか?」
格式ばった形式でそう尋ねられ、アルヴィスは真面目な顔で向き直る。膝を折って床にひざまずくと、こう願い出た。
「陛下、今回の奪還成功は我が第二研究所……監獄塔の囚人たちの協力あってのことです。現在彼らは首輪を解き塔から出ていますが、元より罰せられるようなことは何もしていないと私は考えています」
そこで視線を上げハッキリと伝える様は、所長らしく威厳に満ち溢れたものだった。
「どうか、彼らの自由をお許し下さいますよう」
それをじっと見下ろしていた皇帝は、一度深く頷くと快諾してくれた。
「よかろう、平民ではあるが優れた魔術の才を発揮した彼らの功績を認め、これからの第二研究所の所員の処遇を改善することを約束する」
「陛下のご厚意、心より感謝いたします」
いきなり、平民に魔術を解禁というわけにはいかないのだろう。その辺りは前にレスノゥ様が言っていた「コントロールが効かないから」というのも納得できる。
(でも、大丈夫。きっと変えていける)
「して、プリシラ・オルコット。聖女の妹御よ」
「あ、はいっ!」
いきなり話題を振られて、私はその場で少し飛び上がる。それにクスッと笑った皇帝は、どこか柔らかな口調でこう続けた。
「隣国の聖女セシル殿のお告げを受け、密かに学園に潜入してアルヴィスと共に調査をしてくれていたそうだな。本当にありがとう」
(い、いつの間にそんなストーリーに仕立てたのよ)
実際は私はただ魔術の研究がしたくて、そしてこの殿下は国をめっちゃくちゃにひっくり返そうとしてたんだけどね。
まぁ、結果よければすべてヨシ! そういう事にした方が都合がいい。コホンと咳ばらいをした私は、猫かぶりモードで朗らかに笑った。
「いいえ陛下、隣国の為ですから。私もお手伝いすることができて光栄ですわ」
「後ほど御礼の使者をエルラント国へ送らせてもらうとして……君個人が望む褒美はあるかな?」




