第43話
それを聞いていたタマの瞳が、パァァと輝いていく。ブンブンと大きくしっぽを振ったあと、思いっきりジャンプしてこちらの胸の中に飛び込んできた。
『わかった! ぷりしら タマ ともだち! ともだち嫌がること タマしない!』
「うん、いい子」
心底嬉しそうに頭を擦りつけて来るので撫でてあげる。大丈夫、無垢なあなたを邪神にはさせないからね。
しばらくそうして居たのだけど、突然ツカツカと寄ってきたアルヴィスがタマをむんずと掴んで私から引き剥がす。
「ご納得いただけたところで、ほら今回の騒動にとっとと区切りをつけるぞ」
「区切り?」
どこか吹っ切れたように目の座ったヒーローは、腕を組みながらやけくそ気味に笑った。
「上位存在に俺たちの結末を見せつけてやるんだろ? こっちも消化不良なんだ。クライマックスに相応しいとびっきりの困難を持ってこい」
まさかの提案に、タマが興奮したように彼の足元をグルグルとかけ回り始める。
『あるびす! あるびす! いいの? オチの為に 試練 乗り越えてくれる?』
「こっちとしても、外で待ってる連中に報告を上げなきゃいけないからな」
『わかった 待ってて! 準備するっ』
ちょっとだけ考え込むように宙を見上げていたタマが、奥の部屋にターッと駆けていく。彼の隣に立った私は苦笑しながらこう尋ねた。
「あはは、とびっきりのミッションなんて……そんなにハードル上げちゃっていいんですか?」
「俺とお前が居るなら、どうとでもなるだろ」
「……」
ごく当然のようにそう返されてしまえば、私は笑いを収めるしかなかった。視線を逸らしながら聞こえないようにボソッと呟く。
「……そういうことをサラッと言えちゃうんだからなぁ」
でも本当にそうだ、あなたとなら。
思えばずっと、ここまで二人で来た。心の弱い所も後ろめたいところもお互いにさらけ出して、認めて、手を取り合って。
(恋とか私まだよく分からないけど、隣にいて一番安心できるのは――)
何かに気づきかけたその時、向こうの部屋に行っていたタマが、こっちに来てと私たちを呼ぶ。チームγの研究室をさらに奥に進んで下っていくと、実験場と思われる部屋にたどり着いた。青に染まったその場は凍てつく空気で満たされていて、その中央には巨大な魔石が浮いている。――その中に閉じ込められている人物を見た私たちは思わず絶句した。顔を引きつらせたアルヴィスが問いかける。
「お前……ここでこれを持ってくるか」
『あるびすの心残り 持ってきた ダメ?』
「人の心ぉ~」
巨大な氷に閉じ込められていたのは、目を閉じていても分かるほどの美貌を持つ妙齢の女性だった。長くゆるやかに波打つ黒い髪に、今私の隣にいる殿下とよく似通った冷たくも美しい顔立ち……。ここまで来れば分かるだろうか。そう、かつての側妃、アルヴィスの母親を閉じ込めたクリスタルが、『氷晶のゆりかご』の起点の魔石となっていたのだ。たった今タマがそう改変したのだろう。
「これは……思った以上にとんでもない試練ですね……」
「言うな……ちょっと後悔してる」
頭を抱えた皇子を知ってか知らずか、タマは端に行くとしっぽに足を「もぎもぎ」と乗せて見学モードに入ったようだ。どこかご機嫌に声援を飛ばして来る。
『がんばれ二人とも! タマは応援してる!』
「無邪気な黒幕だなぁ、おい!?」
急激に温度が下がり始め、私は歯の根が合わずにガチガチと音を立てる。ひぎぃぃぃ寒い!
私よりは寒さ耐性があるのか、アルヴィスは母君に一歩寄るとそっとその表面に手を沿わせた。
「仕方ない、やるか。この魔石をさらに強力な術式で封じ込めてしまえば簡単に――」
それを聞き咎めた私は、寒さでかじかんでいた手を伸ばして彼の服を後ろから掴んだ。振り向いた紫の瞳をじっと見つめて噛みしめるように言う。
「そうじゃない、お母さまを氷のゆりかごから出すんですよ」
「っ……、やっぱり、そうなるか?」
少しだけバツが悪そうに苦笑いを浮かべるアルヴィスと向き合い、私は安心させるように明るい笑顔を浮かべてみせる。
「大丈夫、自分の心に向き合ったあなたならお母さまともきっと話せるはず」
何より、独りじゃないことを思い出して欲しい。ここまで歩いてきた道のりはきっとあなたの背中を押してくれるはず。
「私も、監獄塔のみんなもいます。ね?」
手を取ってニコッと笑うと、彼はつられたようにフッとほほ笑みを浮かべてくれた。だけどチラリとクリスタルを横目で見上げるとこんな事を言う。
「……俺が心配してるのは、どっちかって言うとプリシラなんだが」
「え?」
「母上は俺を溺愛してたから、すさまじく嫉妬するだろうな。嫌がらせとか」
「えええ!?」
そっ、それは困……いやいや、そんなことぐらいでくじけてどうするの! 会っても居ない人にニガテ意識を持つなんてそんな。
ワタワタしている私を見下ろしていた皇子は、ふはッと笑うとこちらの頭に手を乗せていつものようにかき乱した。
「でもまぁ、大丈夫か。俺が守るよ」
「ほぁ」
その表情は、いつもみたいなカッコつけじゃなくて何ていうかこう……すごく素で出た感じだった。目を細めながら彼はこう続ける。
「母上もいずれお前を好きになる。俺も頑張るよ、過去にこだわるのはもう止めたから」
そう言い残し、アルヴィスは再びクリスタルに向き直る。その背中を見つめていた私は、次の瞬間一気に顔がぶわっと熱くなるのを感じた。ごまかす為に前髪をちょいちょいと触って視線を逸らす。
ち、ちがうちがう、ギャップにやられたとかそう言うんじゃないから。カッコいいとか思っ、おも……そりゃね!? 顔はいいからね! でも、落ちてないですし!?
(ううう~~、今はこっちに集中!)




