第42話
タマがそこまで頑張るってことは、駄作になってしまった時は何らかのペナルティが課されると考えるのが普通だ。だけどかみたまは再び首を横に振った。
『別に 何もない』
「じゃあ――」
『だけど 見向きもされない つまらないと指を差されて笑われる』
アルヴィスからタマを受け取ると、やわらかい彼は毛むくじゃらの顔でこちらを一心に見上げて来た。金色の目は真剣そのものだ。
『タマは 誰かにみてほしかった タマが作ったこの世界を』
「タマ……」
『青空がきれい 海がきれい 生きてる人たちだって 地球の人たちと少しも変わらない』
そして一度息を溜めると、こう言ってのけた。
『ぷりしらの話 こんなにおもしろいのに』
その声はどこかやるせなさそうで、私たちに対する愛着が感じられた。もう一度その身体をソファに下ろすと、私はその傍らに膝を着いてしゃがみ込む。
「ねぇタマ、まだ一つ疑問が残ってるの。どうして私を、わざわざ地球からこの世界の『プリシラ』の中に転生させたの?」
模倣するだけなら、わざわざその改変は要らなかったはずだ。そう問いかけると、タマはぱちりと目を瞬いた。少し悲しそうに耳を寝かせる。
『真似しようと決めて 一番人気の話をよんだ タマちょっと哀しくなった』
「哀しい?」
コクンと頷いたマヌルネコは、顔を上げて素直にこう答える。
『悪役 かわいそう 話の都合で知能を下げられてる』
「……」
『タマ へいわしゅぎしゃ ざまぁは好きじゃない』
その返しに私は大きく目を見開く。それは奇しくも、私が前世で思ったことと全く一緒だったからだ。
――主人公にしても、悪役にしても、誰かがつらい思いをしなきゃ物語にならないのかな……
そうだ……あの病院のベッドの上で確かにそう呟いた。
『タマがそう思った時 ぐうぜん同じ感想を言ってる子が居た! この子なら ぜったい共感してくれると思った! それにもうすぐ死にそう! だから死んだあと 魂を持ってきた!』
どこか興奮したように足踏みをするかみたまは、私をキラキラとした瞳で見つめて来た。
『そしたらすごい! どんどんざまぁからは離れていった! いつもみてたよ ぷりしら!』
私が転生した真相を知り、何だか脱力してしまってペタンとお尻をついてしまう。
「……はぁぁぁ~~~、何よそれぇ……」
すぐ死にそうとか、デリカシーのなさには呆れるけど、不思議と怒りは湧いてこなかった。
(始まりの動機は同じだったんだ。私たちは共に、誰も傷つかない物語を求めていた)
「できれば、前世を思い出した時に言ってほしかった……」
恨みがましく呟くのに、タマは自分の考えにいっぱいいっぱいで聞いてないみたいだ。
『でもでも 先行き不安 がんばって盛り上がりをつくったけど この話は 本当におもしろい?』
表情をくるくると変えるタマはしょぼんとしっぽを垂れ下げる。
『やっぱり 変えない方が よかった?』
それをしばらく眺めていた私は、ふぅっと息を吐いた。気合いを入れてよっと立ち上がると、じっと傍で見守っていたアルヴィスにふり返る。
「赦せとは言いません、むしろ赦すのはこの子自身の為にならないと思います」
「……」
「でも、悪意があったわけじゃない、むしろみんなの幸せを願うという気持ちは私と一緒だった」
私の説得に、彼は眉間に皺を寄せたままだ。それでも何とか分かって貰おうと続ける。
「タマは何も知らない無垢だった。悪いこと、してはいけないことを、これから教えていく必要があると思うんです」
幸いにも、今回の凍結騒動で死者は出ていない。タマが裏で糸を引いていたことは私たちだけが知っていることだ。
きょとんとしたままのタマを抱き寄せ、私は切々と訴えた。
「この子に関しては私が責任を持ちます。この場は、私に免じて見逃しては貰えないでしょうか?」
この子が今後過ちをおかしたり、何かをしでかしそうな時には、私がどうにかする。そんな想いでジッと見つめていると、ギュッと目を閉じたアルヴィスは眉根を寄せてガシガシと頭を豪快に掻き出した。
「だぁぁもう、だから一人で抱え込むなって! 見逃す俺も連帯責任だ!」
「じゃあ!」
一歩詰めて来た彼は、人差し指を立てるとタマの鼻をぶにっと押した。
「ただし! これだけは約束しろ。今後一切、この世界を操るような真似を許可なくするな、それが条件だ」
『守れなかったら?』
タマの返しにスゥっと目を細めたアルヴィスは、脅すように少し溜める。そうして低い声でこうボソッと呟いた。
「この俺が、ヒーロー様が、全裸になって奇声をあげながら大衆の面前に躍り出てやる」
その光景を想像した私は、ブッと吹き出すとお腹を抱えて笑い出した。
「こ、ここまでの話がぶち壊しの超展開じゃないですか。でもそれはそれで、見てみたい……かも」
『うにゃ……それはやだ……ヘン』
困惑したようにしっぽを垂らすタマにますます笑いがこみ上げてしまう。笑いすぎて滲む涙を拭いながら、私は明るく言う。
「ねぇタマ、あなたが頑張って黒幕ムーブなんてしなくていいんだよ。私たちはみんな一生懸命に生きてる。それだけで「ごしゅじんさま」たちにとって見ごたえのある物語にならないかな? ううん、私がしてみせるから」
なんたってタマは悪役なんて居ない世界を目指した同志なのだ。それに……、
「二度目の人生をくれたあなたには感謝してる。私ね、前世で出来なかったこと、やりかったことこっちの世界に来てからいっぱいできたの。だからタマにも誰かと生きる喜びを知って欲しい」
ね? と、笑った私は、全てを受け入れるように大きく手を広げる。
「だからかみたまの役割はもうおしまい! あなたもこっちにおいで。ともだちになろう!」




