第41話
女の子とも男の子ともつかない、舌足らずな子どもの声だった。かみたま、と口の中で転がしていた私は、ハッとして今にも飛び掛かりそうなアルヴィスの袖を掴んだ。
「お、落ち着いてくださいよ」
「離せプリシラ、ここまで来て逃がせるかっ」
指先に青い光を宿らせた彼を引き留めて、私は何とか訴える。
「逃げないと思います! 私たちの前に姿を現したのは話がしたかったから、違う?」
後半部分を、小首を傾げていたタマに投げかける。すると彼は「ひゃん」と小さくお返事をした。
『おはなし する!』
「ね、ここは私に任せてくれませんか?」
「……」
アルヴィスはまだ少し納得が行ってなさそうな顔だったけど、杖を収めてくれる。クルッと向き直った私は、ずんぐりむっくりと視線を合わせるように少し屈んだ。
「それじゃあ、タマって呼び続けても平気? 神さまってことは、様付けして呼んだ方がいい?」
そう尋ねると、タマはパァッと笑うように口を開き、瞳を輝かせながらこう応えた。
『タマは タマ! 名前つけてくれて嬉しい ぷりしら 好き!』
「はぁぁ??」
思わぬ展開に、アルヴィスが呆けたような声を出して口をひん曲げる。
無邪気な返しにちょっとだけ笑いを浮かべた私は、武装を解除してタマの話を聞くことにする。敵意はないと示すようにその辺りのソファに座り、できるだけ優しく語り掛けた。
「それじゃあ教えて欲しいな。こっちおいで。かみたまってどういう存在で、どういうことが出来るの?」
向かいのソファにやってきたタマは、ちょこんと座ると素直に答えてくれる。
『かみさまのたまごは ごしゅじんたちを楽しませるために 世界を作る生命体』
ごしゅじんさま。これまたヤバそうな単語が出て来たわね。上位存在とかそういうの?
『ごしゅじんたちは 直接世界に触れない 上から見て楽しむだけ だから【かみ】という存在を生み出す』
「なるほどね、タマはかみさまのひよっこってわけだ」
ここでしょぼんとヒゲを垂らしたタマは、どこか声のトーンを落としてこう続ける。
『でもタマ 世界は作れるけど物語をうまく紡げない 他の子はいつも褒められてるのに おちこぼれ』
ここで気を取り直したように顔を上げたタマは、かわいい肉球を見せつけるように後ろ足で立ち上がった。ぽよぽよのお腹がまる出しになる。
『だからタマ考えた! 地球で人気のあるおはなしを そっくりそのまま真似して作ればいいって』
「そ、それは……」
思いっきりパクりじゃないの。えーと、落ち着いて整理してみよう。タマは地球とは違う異世界を作ることができて、物語性を持たせるために私も読んだあの話を模倣して、そっくり似たようなキャラクターを作ったと。
(そっか、あの話そのものに転生したわけでは無かったんだ)
私たちはあくまでそっくりさん、タマが初期設定してからは普通に変化していたのだろう。お姉さまが斧を持ち出したのも、アルヴィスが料理上手なのもそう。とんだ原作改変だけど、この世界に地球の著作権が及ぶとは思えないのでセーフ……だろうか。作者の人も知らないだろうし。
『話を回すため タマ自身もキャラになって入り込むことにした チームがんまにメモを渡したのも自分 いい感じにピンチ? 盛り上がってる?』
「ふざけるなよ」
それまで私の背後でムスッと黙っていたアルヴィスが、我慢の限界だとばかりに進み出てきた。タマの首根っこを掴むと強制的にぶら下げる。
「そんな理由でこの首都を凍らせたのか! 俺たちはお前のお人形じゃない、弄びやがって!」
「アルヴィス待って!」
立ち上がった私は、ぷらーんと下げられたタマと視線を合わせて少し屈む。
「ねぇタマ、たとえあなたが作り出した命でも、意思を持てばそれはもうあなたの所有物じゃないの。尊重しないと。……言ってる意味わかる?」
少しも分かっていなそうな顔でクリっと頭を傾げるマヌルネコ。このかみたま、無垢すぎるのだ。なんだろうこの、一歩転んだら魔王にもラスボスにもなりえそうな危うさは。
「えーと、確認するけど、あなたはこの世界を終わらせたいわけじゃ……ないのよね?」
『なぜ? 壊すわけがない タマは楽しい物語を作りたいだけ』
「こンの……おい真ん丸。お前は人の心まで操れるのか? 3秒後にこの手を離させて、俺に謝罪させることも?」
ちょっとだけ考えるそぶりを見せたタマは、首をぷるぷると横に振った。
『あるびす 強い意思だから難しい』
「できるのはできるのか……」
『意識に囁くことはできる がんまのりーだーも それでそそのかした』
(こいつ、直接脳内に……!?)が、出来るのね。さすがは神さまってところかしら。そうだ、と思い出した私は、一番重要なところを聞いてみた。
「取り込んだ人たちはどうしたの? 無事?」
『みんな生きてる シリアス足りない?』
「いい! いいの! そのまま生かしておいて!」
その答えにホッと胸を撫でおろす。本当にそのラインだけは踏み越えてくれなくて助かった。今後の話が全然ちがってくる。
そこからいくつか質問を重ねる。話をまとめると、タマにできるのは『まだ確定していない事象の操作』らしい。神さまパワーで都合よく改変できるけど、今されている認識とか事実と矛盾することは出来ないと。
「つまらない話だとどうなるの? ご主人様っていうのにかみたまは消されちゃう?」




