第39話
生きている確かな証。物語のキャラクターなんかじゃない彼は、確信を持った声でこう続ける。
「架空の話の俺が誰と結ばれていようが関係ない、『今』ここに居るアルヴィス・シュニーは、プリシラに救われて、その隣に居たいと望んでいる。この心は誰の好きにもさせない。それは俺自身の意思だし、プリシラが運命から逃れようともがいた結果だ」
頭に添えられた手に引き寄せられ、気づけば胸に額を突き合わせていた。すぐ間近で響く声が心臓を直に震わせる。
「胸を張って自分こそが主人公だと叫べ。少なくとも、俺にとってのヒロインはお前しか居ない」
「っ……!」
その後押しに、なんだかどうしようもなく安心してしまって、私は押し寄せる波のように何かがこみ上げてくるのを感じた。転生者ということで誰にも話せず抱えていた孤独を、まさか受け止めてくれる人が居るなんて……。
不明瞭な声しかあげられない私にアルヴィスは少しだけ笑う。
「その秘密を俺も背負う。自力で気づいた時点で俺もこの話における特異点だろう」
顔を上げさせられて、頬に両手を添えられる。至近距離で覗かれる紫の瞳は、何よりも温かかった。
「平気だ、プリシラは独りじゃない。俺も一緒に戦う」
その優しい笑顔が目の表面に張った涙の膜でくしゃりと歪む。ボロボロと無言で泣き出す私の顔をブニッと潰し、彼はニッと笑った。
「ここから先だっていつも通りに振舞えばいい、俺が神ならそれを望むはずだから」
さぁ、と立ち上がった正ヒーローは、力強く手を差し伸べた。
「推定エンディングはすぐそこまで迫っている。無敵のヒロインは今さら逃げ出したりなんかしないだろう?」
彼が選んでくれたと言うだけで、心の奥底から勇気が湧いてきた。滲む涙を払った私は手を伸ばしてその手を握り返した。ふわっと引き上げられる浮遊感がしてベンチから立ち上がる。
「わかりました、ごちゃごちゃ悩むなんて私らしくなかった。後は進むだけですね!」
未だに得体のしれない黒幕への畏れは残っている。だけどもう私は……ううん、私たちは真っ直ぐに進むしかないのだ。
***
「それじゃあ、行ってきます」
野営地から少し離れたところで私たちはふわりと飛び立つ。見守ってくれている人たちの頭の高さを越え、小さく手を振るとたくさんの声援が追いかけて来た。
監獄塔のみんな、侵攻阻止スライムの保持をしてくれていた学園の生徒たち、心配そうな顔で見送るお姉さまとシャロちゃんと公爵、他にもたくさん……。
「プリシラ! 気を付けてねっ」
お姉さまが一歩踏み出してこちらを見上げる。私は一度大きく頷き返してグンッと高度を上げた。
「陽の当たる東側がやや手薄だ、予定通りそちらから向かう」
「了解っ」
後ろに乗るアルヴィスの指示を受けて、ひんやりと冷たい空気を切り裂いて飛んでいく。ここから先は本当に二人きりだ、やるしかない!
ちなみに、どうして一本のホウキに二人乗りしているかと言うと、操縦は風が得意な私が受け持ち、彼には攻撃された際の迎撃に集中して貰うためだ。一応、二人とも飛べるんだけどね(初対面の時を参照)だから少し大きめのホウキにして貰った。クッションを張ったサドルも付けたので乗り心地は抜群だ。
その時、緊張をやわらげるためか後ろから調子のいい声が聞こえてきた。
「さていよいよだな、物語で言うクライマックスってやつだ」
「メタいですよ……」
でも、確かにそうだ。本当にこの物語を見ている人が居ると言うのなら、あとはもう走り抜けるだけ。
(私は私の思うまま動くから、最後まで見届けてよね!)
心の中でそう“誰か”に宣言していると、こちらの肩に手を置いたアルヴィスが神妙な声でこう言う。
「なぁプリシラ、この戦争が終わったら俺たち――」
「それ死亡フラグーーっ!!」
あまりにもベタなセリフに思わず大声でツッコミを入れてしまう。シン……と、辺りが静まり返り、一拍おいて私たちはプッと吹き出した。こんな状況だと言うのに、フロストヴェインの上空に笑い声が響く。
(あぁ、好きだな。この空気)
自然とそんな気持ちが湧き上がってきて、私は後ろへふり返る。すぐ間近で視線が合った彼は目を細めた。こちらの肩に優しく触れるとこう言う。
「なぁ、これからも俺の隣にいてくれないか」
ドキッとして、慌てて正面に向き直る。頬が熱くなるのを感じながら私は言葉を返した。
「か、考えておきます」
「少なくとも退屈はしなそうだ」
「そっちぃ?」
その時、下方の氷の蔦がピクリと反応して、触手のようにうねりながらこちらに手を伸ばしてきた。じゃれ合うのもここまでだ。
「行きますよアルヴィス、まずは生きて帰ってからです」
「あぁ、コイツのお披露目だな」
そう言いながら、アルヴィスは私の後ろで器用に立ち上がる。ホウキの柄の部分に装着されていた杖を外して握り、前方に向かって真っすぐに構えた。
「迎撃導線用魔術構築入り専用杖。頼むぜ」




