第36話
シャロちゃんが少しだけ畏れるような声を出す。フロストヴェイン帝国とエルラント王国は、敵対しているというわけでは無いけど同盟を結んでいるわけでもない『寄らず触らず』な関係だ。ここまでするからには、何か見返りを求めているのではないかと警戒するのも当然といえる。
その問いが意外だったようで、顔を見合わせた二人は、私の方へ振り向くとこんな事を聞いてきた。
「ねぇプリシラ、わたしたちはこの国を助けた方がいいと思う?」
唐突な問いかけに面食らったけど、私は素直な気持ちを答えた。
「そ……そりゃ、協力してくれるなら嬉しいけど」
「そういうことさ」
お姉さまの腰を引き寄せて笑ったカーダ王子は、穏やかにこう続けた。
「世の中を舐め腐っていた僕を、プリシラは引っぱたいて目を覚まさせてくれた。セシルも同様に幼い頃から何度も救われたと聞く。彼女は僕らにとって恩人なんだ。その人が困難に立ち向かおうと言う、力を貸したいと思うのは当然じゃないか?」
「カーダ様……」
いつの間にそんな考えが出来るように、と。なんだか感動してしまう。あんなに「かませ感」満載のやられ役だったのに。
ぶるるっと頭を振った私は、今一番助けたいと思う人物に振り向き、力強く拳を握りしめた。
「と、いうわけらしいですよっ。どうしますアルヴィス?」
彼は紫の瞳を少しだけ見開き、私を見つめていた。その口から何かが零れる。
「すべての起点……」
「え?」
妙な単語に首を傾げるが、すぐにハッとした彼はいつもの調子に戻った。
「あ、あぁ、わかった。それでいいか? 公爵」
「やむを得まい、力添えを頼めるだろうか」
そんなわけで、一部の避難民と、監獄塔の研究員たちは落ち着いて計画を練る場所を求めてエルラント王国へ避難することになった。
シャロちゃん親子と学園の生徒は、包囲スライムのメンテナンスでこちらに残って貰う。別れ際、親友としっかりと抱擁を交わした私は再会の約束をした。
「待ってて、必ずどうにかする方法を見つけて戻ってくるから!」
「えぇ、こちらは任せて。お願いよプリシラ、アルヴィス様……」
最後に凍り付く首都を見上げた私は心の中で誓う。待ってて! 必ず私が何とかしてみせるから!
***
私が祖国エルラントに帰還してから1週間。カーダ王子から提供された部屋に詰めた我ら監獄塔のメンバーは、よそのお城だという事もお構いなしに全力で開発に取り掛かっていた。
「あれ無かったっけ! 風の魔素の配列一覧表!」
「塔に置きっぱなしだったよぉ、こっちの国にはないよね……」
「あ、私が子どもの頃に自作してみたのがあるかも。実家から持ってきて貰えないか聞いてみる」
「さっすがプリシラさん!」
「バカお前、そのループ構造はマズいって」
「ギャー! 爆発した!!」
もうあっちもこっちもしっちゃかめっちゃかで、私たちの面倒を見てくれているメイドさんたちも入り口から引きつった顔で覗いている。その時、こちらの国王と面会していたアルヴィスが帰ってきた。ボスの登場に所員たちは子犬のようにわらわらと駆け寄る。
「所長~、頼まれてた導線の術式こんな感じでどうでしょう」
「握り手からの反応速度見てもらいたいんですけど」
「魔石なんですけど磨いて球体にした方が」
「国王様どんな人でした?」
「ええい、群がるな! 後で全部見てやるから」
散れ散れと手で追い払った彼は奥の椅子に腰かけると昼前の定例会を始めた。私たちもテーブルを囲んでお互いの進捗を報告し合う。
机の上に、フロストヴェイン首都を上から見下ろした地図を広げたアルヴィスは、バシッと手を置くと場を引き締めた。
「改めて確認するぞ、発生源はおそらく学園3階南棟のここ! チームγの研究室だったところだ」
実は、ここに来てから私たちは色々と作戦を話し合っていた。地上から魔術師全員で徒党を組んで周囲から氷を分解していくとか、暑くなる季節までしばらく待つかとか。
だけど人海戦術はリソースが足りなくて押し負ける可能性があるし、頼みの綱の魔術師が取り込まれてしまったら首都奪還は絶望的になる。中に閉じ込められている人たちがいつまで無事かも分からないし、国を動かす機関がそれだけ麻痺することを考えるとそんなに時間は無いだろう。そう判断した私たちが出した結論は――、
「一点突破、空を飛べるプリシラと俺が上空から接近し、特大の分解魔術を大元に叩き込む!」
作戦の再確認に、監獄塔のメンバーたちは力強く頷き返す。
そう、少数精鋭での一点突破を私たちは決めたのだ。下準備を十分に整えて、警戒の薄い空から私とアルヴィスが元凶を狙い撃ちするのだ。その為に、私が作ったホウキをさらに精密に操れるように調整している最中だったりする。他のみんなは私ほど上手く風を操れないので単騎突入は仕方ない。何度かレクチャーしてみたのだけど浮くことすらできなかった。
そんな感じで全体の進捗具合は4割ほどってとこだろうか。準備が整い次第、すぐにでも突入することになる。
そんなある日、実家に居る両親が届け物ついでに城まで来てくれた。お姉さまも呼んで、ひさびさにオルコット家が全員集まる事になった。私が子どもの頃に書いた『研究ノート』を渡してくれながら、向かいのソファに座ったお父さまが涙ぐんだ。
「うぅぅ、あのちっさかったプリシラがこんなお役目を果たすことになるなんて。なぁ本当に危険じゃないのかい? なんだったらワシが代わりに飛び込むぞ……!」




