第33話
「す、すごいやプリシラさん! どうやったの?」
振り向いた私は得意になってフフンと腰に手をあてる。
「術の流れを反転させて止めるような魔術構築を直感で組んで加えてみたの。逆回しさせるのは昔から得意なんです」
「簡単に言うが、何だその才能……」
「大元から離れた末端なら簡単ですよ」
開発者から感心したような、いっそ呆れたような引きつり笑いをされてしまったけど、私はその『打ち消しの魔術』を図式に書くことにした。みんなで回して見ていると、先輩の一人が思いついたように明るい声を出した。
「あ、あ、ねぇあのさ、もしかしたらアレが使えるんじゃないかな?」
そういってローブの内ポケットからゴソゴソと取り出したのは、中に液体の入ったフラスコだった。見覚えのあるそれを逆さにして「とぷん」と出すと、落ちた水まんじゅうは円を描くように辺りを掃除し始める。
「みんなで作ったお掃除スライムにね、プリシラさんが書いてくれた打ち消し魔術を組み込んで町の外周を走らせるんだよ。そうしたら少ない人数で食い止められるかも!」
各自がそれを呑み込むまでに一瞬ラグがあり、全員で諸手を上げて賛成した。
「天っ才!」
「そうか……不定形の水なら氷の蔦を乗り越えられる……。凍らせる力に対抗するために、本体の温度を上げてみるか……?」
「それならもう出来ます所長! 洗浄力を上げるためにお湯にする仕組みがですね」
ワイワイと、それぞれの得意分野を出し合って作戦が固まっていく。掃除スライムの本体の量産準備に入る者、動力となる魔力電池の試作品を組み込む者、そして私とアルヴィスはこれまで挙げた術式を組み合わせる為に、あーでもないこーでもないと微調整に入る。
しばらくして、少し離れた場所から馴染みのある声が聞こえて来た。
「あ、あの、プリシラ……いま話しかけても平気?」
「シャロちゃん!」
おずおずと遠巻きにしている彼女を見つけて、私はパッと顔を輝かせながらできたばかりの試作品を持って駆け寄る。
「見てよこれ、監獄塔のみんなで作り上げたんだ。このコたちを巡回させれば氷はこれ以上広がっていかないはず」
「この短時間で……!? と、言いますか、どうしてあなたが彼らと? ずいぶんと親しそうでしたけど」
「うっ」
いけない、私が監獄塔からのスパイだってことはまだバレてなかったんだっけ。
私はその件をごまかすため、やや強引に話を逸らした。
「いやー、あはは……ノリ? それよりシャロちゃん、何か用があってここに来たんじゃ?」
「いけない、そうでしたわ」
彼女がこちらに来たのは、避難民のだいたいの把握が終わったのと、これからの動きが決まった報告だった。凍り付く首都から逃げ出せたのは大体300人ぐらい。無言で聞いていたアルヴィスがずいと進み出て来る。
「その中で魔術師はどのぐらい居る?」
「えぇと、30名ほど。ほとんどが学園の教師と生徒ですわ」
「よし、そいつらを纏めてこちらに寄こしてくれ。力を貸して欲しい」
***
それから10分もしない内に、魔術を扱える応援部隊がやってきた。まだ不安そうな顔をしている学生がほとんどで、彼らの先頭にはエングレース学園長が厳めしい顔つきで腕を組んでいる。
「……」
「……」
監獄塔の私たちと対峙するように顔を合わせたことで、第一と第二の研究所が初めて対面する。場の空気をなんとか和ませようと、私は笑顔を浮かべて手を挙げた。
「えっと、それじゃあ説明します! これを見て下さい」
そう言いながら私は、足元にやってきたスライムを抱えて持ち上げてみせた。その表面はほんのり温かく湯たんぽのようだ。ぶぶぶぶ……と、細かく振動している。
「これはあの氷を一定ラインで食い止めるために用意した魔術道具です。素体は水で、自動で動くように魔素を組んであります、さらにあの氷の蔦に合わせた『打ち消しの魔術』も一緒に書き込んであるので、乗り上げれば自動で破壊してくれます。これを城壁から氷を出さないように壁に沿って走らせるのですが――」
ここでスライムの中に手を突っ込んだ私は、2個ある魔石の内の大きい方を引っ張り出す。
「だいたい1周ちょっとで魔力が尽きちゃうんですね。そこで皆さんには、戻ってきたスライムの魔力電池に魔力を補充して欲しいんです。とりあえずはこれが解決策を見つけるまでの応急処置になります。皆さんにはこの作業を手伝って欲しいのですが……えっと」
説明は終わったのだけど、学生たちはどうしたらいいか分からないようで互いに顔を見合わせている。シン……と、静まり返ってしまった夜の平原はどこか不気味で、私はたらりと汗を掻いて固まる。ど、どうしよう、この空気……。
その時、学園長がふぅと息を吐いた。皆の注目が集まる中、鋭い目つきを崩さない彼はこちらの陣営をジロリと端から端まで眺めた後こんなことを言った。
「……君たちは、平民でありながら魔術を行使した罪人のはずだ。それがなぜ監獄塔の外に出ている?」
「っ、それは」
緊急事態だから仕方ないでしょと言いかけた私を手で制し、貴族の筆頭でもある公爵は冷たくこう続けた。
「そんな奴らが立てた作戦に、正当な魔術師である我々が下に付いて働けと? その結果が上手くいったとして、貴族の面子はどうなる」




