第32話
少しは疑いが晴れたことで、いつもの行動力が戻ってきたんだろうか、踵を返して調べに行こうとする彼の後ろを私は慌てて追いかけた。隣に並んでから羨望の眼差しを向ける。
「今のカッコよかったですよ。疑われたのに余裕のある返し、私もそういうのできるようになりたい」
「あのな、これ以上イケメンになってどうするつもりだ」
「えへへ。ところで、気になることがあるんですけど――」
横に並びながら、先ほど感じた疑念を伝える。つまり、今も広がりを見せている氷の蔦は、どこから魔力を補給しているのかということだ。
「おかしいですよね、こんなに大規模な魔術ならすぐにガス欠して消えてもおかしくないのに」
「だよな、学生が数人集まった程度の魔力で、これだけ維持し続けられるはずがないんだが……」
攻撃が届かないギリギリのところまで寄って観察してみる。今は城壁目指してじわじわと手を伸ばしているそれは、着実に勢力を広げようとしているようだった。
「閉じ込めた人たちの魔力を吸い取って稼働してる、とか?」
「そんな物騒な構築はしてないはずだが……」
私がふと思いついた嫌な想像に、二人してぶるりと身を震わせる。うーん? 他に考えられるのは、発動元で誰かが魔力供給をしてる? でもこれだけの術を発動し続けられる人なんて居るんだろうか。
「もしこのまま際限なく広がっていくとしたら、国がヤバいですね」
「ああ。最優先でやることは、ここで食い止めることだな」
なんとしても、被害はこの首都だけに留めないと。本腰を入れて調査しようとした――その時だった。
「所長ぉ~~」
聞き覚えのある声がして、建物の影からぞろぞろと集団が現われる。黒いローブを目深に被った7人にアルヴィスはぎょっとしたように目を見開いた。
「おっ、お前ら……どうやって塔の外に!?」
それは、監獄塔に居たはずの先輩研究員たちだった。しばらく思考が追い付かないと言った感じのアルヴィスだったけど、ハッと思い当たったかのようにこちらを向いたので、私は指先を合わせながら視線を逸らす。
「あ、あー、実は……ですね、先輩たちの首の爆弾はとっくに私が無効化してて」
「お前……」
「結果オーライじゃないですか! ね!」
非常時だよぉ、とごまかし笑いを浮かべると、ハァァとこうべを垂れた所長は頭を抱えた。だってねぇ? 意外と仕組みは簡単だったというか。
お小言が続くかと思ったんだけど、みんなの長はさすがに切り替えが早かった。パンと腿を一つ叩くと勢いよく手を広げて宣言する。
「よーし、お前ら。国の非常時だ気合い入れろ! 第二研究所は今からあの氷の蔦をどうにかする開発に全力を注ぐ!!」
オォォと応えが返ってきて、私たちはいつものように1階ダイニングテーブル……は、無いので円座を組んで開発会議を始めた。手始めにアルヴィスから、あの魔術の図式を紙に書いて貰ってみんなで読み込む。そしてツッコミどころや不可解な箇所を指摘して、理解を深めていくのだ。
「発動元の媒体は何でもいいんですかこれ?」
「あぁ、今回は魔石だって話だ。ループ構造を10回ぐらい組み込んでるらしい」
「うへぇ、なんで動いてるんですか。それ」
「何とか回収して、研究してみたいっスねぇ~」
「確かに。どっかの洞窟に放り込んだら氷室みたいに活用できるんじゃ?」
「わぁぁ、夏でも涼しそう」
「お前ら、ほんとに状況わかってんのか!? 今は活用じゃなくて、阻止する方法を考えろっての!」
なぜかこんな状況でも、のほほんとしてしまう魔術ヲタ……もとい監獄塔のみんなをよそに、図式を読み込んでいた私は、一人黙り込んで集中していた。
(ザッとみた感じ、発動元から離れていくごとに、構造はシンプルになっていく……)
まずは触手を伸ばし、阻止されなければ後から構築が追い付いてきて強化されていく仕組みみたいだ。なら、早めに切り落とすなり破壊してしまえば、案外もろいんじゃないだろうか?
その時私は、ふいに学園での実技の授業を思い出した。シャロちゃんが暴発させてしまった風魔術を、とっさに『そっくりそのまま反転させた物』で相殺した時のことを。
「……」
考えてみれば私は、『巻き戻し』とか『打ち消す』魔術構築を無意識に使いこなしてきた気がする。先ほどの首輪の無効化もそうだし、アルヴィスとやり取りした光のメッセージも魔術の移動回流を逆にしてみたことによる返送だ。あとはアレ、祖国のバカ王子の発言を記録する録音装置も逆戻しの技術を利用した。
「もちろん氷だから熱源には弱いんだが、いくら何でも全部燃やして回るのは――プリシラ?」
立ち上がった私は、アルヴィスの呼びかけにも答えずに氷の蔦の側まで慎重に寄る。前かがみになりながら触れるギリギリまでそっと指を近づけた。次の瞬間、ピキッと硬質な音が響き、組織が分解されるように氷がパラパラと崩れていく。それを後ろで見ていた仲間たちから、歓声が上がった。
「あ……いける、分解の手がかり掴みました!」




