第31話
指をさしてカタカタと震える彼女を前にして、アルヴィスは返答に詰まる。沈黙を肯定と受け取ったのか、シャロちゃんの顔に非難するような色がにじんでいった。
「そんな、まさか……いくらレスノゥ様に怨みがあるからと言って、こんなことをするなんて」
「それ、は」
「それは違う! ぜったいに違う!」
二人の声をかき消すように思わず私は叫んでいた。バッとアルヴィスの前で手を広げると必死になって庇う。
「今回のことはアルヴィスが犯人じゃない、お願い信じて!」
しばらくポカンとしていたシャロちゃんだったけど、私が第一皇子を呼び捨てにしている不自然さに気づいたのか、形のいい眉がキュッと吊り上がる。
「どうしたのプリシラ。なぜ? 絶対だなんてどうして言い切れるの。これは遊びじゃ済まされないのよ」
「言い切れるよ、だって――」
私だけは信じると決めたんだ。あんな想いを聞かされて、隣に立ちたいって思った。あぁでも、どうやったらそれを伝えられるだろう? 分かってくれるんだろう?
もどかしくなったその時、少し離れたところから怒号が聞こえて来た。聞き覚えのある声に全員がそちらを振り向く。
「馬鹿者!! なぜそのような事態に……それだけの人数が居ながらなぜ誰も止めなかった!!」
「あたっ、あたしは止めましたぁっ、でも誰も聞いてくれなくて、えっ、えぅっ、うわぁぁぁん!!」
何事かとそちらに寄れば、エングレース学園長が一人の女生徒を詰めているところだった。駆け寄った後シャロちゃんが驚いたように声をかける。
「お父様! どうなさったのです」
「おぉ、シャーロット無事だったか。大変なことになった……この氷はチームγが引き起こしたものらしい」
ほとほと参ったような顔で公爵閣下は呻く。涙で顔をぐちゃぐちゃにした女生徒は、地面に手をつきながら縋るように懇願した。
「ぜ、ぜんぶお話しします、だから、だから助けて下さいお願いします!!」
話を整理するとこうだった。なんでもチームγは、コンテストに出場するために、実験途中の氷の魔術に、ありったけのループ構築での強化と、持てるだけの魔力を込めて発動させてしまったらしい。優等生のシャロちゃんがめまいを起こしたように額に手をあてる。
「あ、ありえませんわ……ループ構築は予期せぬ挙動を引き起こすから、使用禁止と耳にタコができるほど教わりましたでしょう……」
「そ、それをその、みんなで10回ぐらい重ねて……」
「じゅっ……重ねた!?」
ループ構築というのは、それ自体はとっても単純な手法で、魔術の流れを元のルートに戻して威力を増幅させるっていう物だ。簡単……ではあるのだけど、よっぽど上手くやらないとそこから抜け出す前に魔力が尽きてしまうし、そこが上手く行っても、増幅させたことでエラーが起きて不発になってしまう事が多い――要はとっても使い道がない手法なのだ。だけどそれが今回はなぜかトントン拍子に上手くいってしまったらしい。結果、暴発して手に負えず、このような事態になってしまったと。
(でも何かおかしい……それだけ重ねているなら、どこかで絶対に魔力が足りなくなるはずなんだけど……)
「あれの大元自体は俺が作った構築に近い、どこから手に入れた?」
考え込む私の横から進み出てきたアルヴィスがそう尋ねる。エングレース学園長はギョッとしたような顔をしたけど何も言わなかった。問われた女生徒はぐずりながら答える。
「どこ……なんか、リーダーが偶然拾っただけみたいなんです、古い殴り書きのメモだったけど、使えそうだからあたしたちの手柄にしちゃえって……」
「盗用だ馬鹿者!」
「ひぇん」
一喝された女生徒は縮こまってしまう。それをよそに、こちらに引き返してきたアルヴィスは顎に手をやりながら考え込んでしまった。
「確かに俺が書いたのは殴り書きのメモだった。でもあれは、監獄塔の俺の部屋に厳重に管理していたはずなのに……誰が持ち出した?」
「あ、あの、アルヴィス様、それにプリシラ……」
その時、シャロちゃんがおずおずと話しかけてきた。ためらうそぶりを見せた彼女は、視線を逸らしながら気まずそうに謝る。
「先ほどはごめんなさい……わたくしも混乱していて、短慮すぎましたわ」
「気にするなシャーロット。この状況なら俺を疑うのが普通だし、なんならまだ疑いが晴れたわけじゃない。俺がチームγにメモを流した可能性だってゼロじゃないだろ」
だからこそ……と、続けた彼は、しっかりとした声でこう宣言した。
「あの氷は俺が絶対になんとかする。あの魔術を編み出した者としても、この国の皇子としてもだ。悪いと思うなら後で力を貸してくれると嬉しい、俺はあの氷を調べに行ってくる。避難民の統率は公爵と共に任せたぞ」
「あっ、私も行く。シャロちゃん気にしないで、レスノゥ様を絶対に助けようね! じゃっ」




