第3話
私が考えた作戦。それは血のつながりのない二人の接点を無理やりにでも取りつけるというものだった。期待に満ち満ちたまなざしで真っ直ぐに見つめる。
お母さまは自分に似たプリシラの顔が大好きだ。うっ、と一歩退くとしばらくして重いため息をついた。こちらの視線に合わせるため膝をつくと優しく頬を撫でてくれる。
「ねぇ、あたくしの可愛い天使ちゃん。あの子はあなたのライバルなのよ。このまま行けば良い縁談を取られてしまうかもしれないわ。それなのにどうして仲良くしなくちゃいけないの?」
「ライバルだと、仲良くしてはいけないのですか?」
そこが本当に不思議で、演技ではなくキョトンと首を傾げてみせる。
「おたがいに切磋琢磨して、伸びることもあるでしょう。蹴落とすことばかりを考えていては、逆にこちらの足をすくわれるのがオチです。ならばお互いに高め合えるよきライバルになった方が、みんな幸せになれるのでは無いでしょうか」
「き、急に難しい単語を使うのね……」
「本をいっぱい読んで学びました!」
「やだ、うちの子天才すぎ……?」
前世の私は少年漫画も好きだった。だからそういった関係にも憧れがあったりするのだけど、お母さまは少し違うとらえ方をしたようだ。顎に手をやるとブツブツと考え込んでしまう。
「あの娘を育てて恩を着せて手駒に使う……? あら、案外それも良いかもしれないわね。この子の引き立て役として……」
ニコォと算段を済ませたお母さまは、先ほどとはうってかわって了承してくれた。
「分かったわ、そこまで言うなら試しにやってみましょうか」
「やった! ありがとうおかーさま!」
ギューッと抱き着くとお母さまの顔は蕩けていった。こうなってしまえばこっちの物だ。
それから、レディ見習い二人の為のレッスンが始まったのだけど、さすがの『ヒロインぢから』を持つお姉さまはその健気さで継母を少しずつ懐柔していった。
「あぁら、こんな事もできないの? プリシラより年上のくせになっさけないわねぇ」
私と比べて明らかに無理難題を吹っ掛けられては失敗していたのだけど、彼女はめげずに顔を上げる。
「もう一度お願いします奥様! わたし、できるまで諦めません!」
「っ、ならば早くしなさい」
「はいっ」
その後も懸命に、頭の上に本を3冊も乗せた状態で歩行からのカーテシーの特訓を続けるお姉さま。その姿を見ていたお母さまは、独り言のように扇子の影でぽそりと呟いた。
「何よ……意外と根性あるじゃない」
そしてついにクルッとターンしてから優雅に腰を落とすことに成功した時、輝いていくお姉さまの顔につられたように立ち上がりかけたのだ。
「あ……」
「できた……できました奥様!」
そこでようやくハッとしたように我に返ると、扇子でバサッと口元を隠してしまう。
「フン、なんとかね。こんなに掛かるとは思わなかったわ。まったく時間の無駄よ」
「はい、できるまで付き合って頂きありがとうございます!」
パァァと輝く笑顔に気圧されたようにのけ反ったお母さまは、パシッと扇子を閉じるとこう言い残していった。
「今日はここまで。刺繍の課題提出は1週間後ですからね、忘れないように」
パタンと扉が閉まると同時に、ソファで本を読んでいた私はお姉さまに飛びつく。
「やったじゃないお姉さま! ねぇ刺繍は何を刺すの?」
手先が器用なお姉さまは刺繍が得意なはずだ。けれども少し悩んだ様子の彼女は私にこんなことを尋ねてきた。
「そうね……。ねぇプリシラ、わたしね、これまでの感謝を込めて奥様に何か贈りたいの。迷惑だと思う?」
「ふーん? そうだ!」
ここでピンと来た私は、ある提案をする。
「――なんて、どうかしら?」
1週間後、課題の刺繍とは別に差し出されたハンカチを差し出されたお母さまは目を見開いて固まってしまった。不安そうなお姉さまが少し早口に言う。
「えっと、プリシラから元居たおうちでは黄色い花畑が見事だって聞いて、資料を探して貰って、わたしが刺したんです。……どうか受け取って貰えませんか?」
そこには、私たちがオルコット家に来る前まで住んでいたお屋敷の見事な再現がされていた。お母さまが最初に嫁いだ家、今はもう親戚筋に任せてしまった男爵家。受け取って眺めていたお母さまの目が少し潤んでいるような気がする。それを見たお姉さまは、柔らかい笑みを浮かべて胸に手をあてた。
「奥様、いつもわたしの為にありがとうございます」
クシャッとそのハンカチで顔を覆ってしまったお母さまは、くぐもった低い声でこう返してきた。
「……その呼び方はお止めなさい。まるであたくしがそう呼ばせてるみたいじゃありませんの」
「えっ?」
「だからその……母と呼ぶことを許可すると言っているのよセシル! 仕方なく、仕方なくよ!」
その意味を察したお姉さまの瞳も、見る間に潤んでいく。
「……! はいっ、お母さま!」
「……今まで、悪かったわね」
「え?」
「何でもない! 何でもないわよっ」
やーだぁお母さまったら。赤くなってこっちまでニマニマしちゃう