第26話
チームγは焦っていた。
国が誇るフロストヴェイン魔術学園に入学し、自分たちは優秀と分類される側の魔術師であると自負していた彼らだったが、上には上が居ることを今、嫌と言うほど思い知らされていた。
他の2チーム……αとβは、すでにコンテストに向けて方針が固まり着手していると言う。ところが我がチームはどうだ、『戦争で使える最強の盾』という構想を打ちたてたはいいが、少しも魔術構築が上手く行かない。5人組のリーダーである少年が頭を抱えながら嘆く声が研究所に情けなく響く。
「ヤバいぃ、このままじゃ間に合わないぞ。各チームの定例報告会は明日に迫ってるのに、何の進展も無いとか!」
「だから言ったじゃない、もともとこんな計画無理だったのよ!」
「うるさい、元はと言えばお前らがもっと真面目に取り組まないから――」
「俺らのせいにするのか!? 大見え切ったお前の責任だろ!」
ぎゃあぎゃあとやりとりをする彼らは責任を押し付け合おうと必死だった。もうこんな事を続けて何日目だろう。喧嘩する気力も尽き、各々がぐったりと椅子に体重を預ける。
「ちぇ、コンテストに出場できると決まったときはこれで将来安泰だと思ったのに……」
「子爵家風情がうるさいな、こっちは親のプレッシャーが段違いなんだぞ。あぁぁ……」
がっくりと床に手をついたリーダーは誰かが投げ出した魔術目録を諦めきれずにもう一度捲るが、使い古されたそれらを見てもなんのアイデアも浮かんでこない。そう、彼らにはひらめきとセンスが圧倒的に足りていなかったのである。
だからこそつかえる。
スッと押しやった一枚のメモが、床に突っ伏していたリーダーの目の前に滑り込む。整理のなっていない荒れた室内のことである、ゴミかと鬱陶しげに払おうとしたリーダーは、ふとそれに目を留めるとジィっと見やった。突然がばりと起き上がると食い入るように見つめだす。
「なんだこれは……氷の魔素……? こんな構築、見たこともないぞ?」
ちぎられた紙の端に殴り書きのように書かれていたのは、氷の魔素を利用した魔術構築式だった。なんだなんだと集まってきたメンバーにも見えるよう、机に置く。
「見ろ! 氷の構築だ、これを活用したら『最強の盾』の開発が上手くいくんじゃないか?」
「うぉぉ、なんだこれ。シンプルで組みやすいのに強力そうじゃねーか」
一気に沸き立つ研究メンバーだったが、一人の女子生徒が焦ったように待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 確かに良さそうな魔術式だけど……公共化されてないってことは、誰かの考えた魔術でしょう? これを使ってコンテストに出したとしたら、盗用になっちゃうんじゃ……」
途端にシンと、静まり返ってしまうチームγだったが、ためらいを捨てさせるためそっと意識に囁きかけてやった。
――バレなきゃわからない
「バ、バレなきゃわかんねぇって!」
「そうだよ、それにここからアレンジを加えればそれはもう、僕らの開発と変わらないさ。パクリじゃない!」
「そうかしら……」
――重ねてみよう
「重ね……あっ、いま思いついたんだけどさ、この構築をうまい具合にループさせて重ねるんだよ。そうしたら威力が倍々式に増えてくんじゃないか?」
「え……それは」
「いいじゃないそれ! あー良かった、これで何とかなりそう」
一人不安そうな顔をしていたものの、彼らは意気揚々と実証実験の準備を始める。やっと一筋の光を見出したリーダーは、心の中でこう考えているようだった。
(これさえあれば、一発逆転も狙える。そうさ、そうして僕は取り立てて貰って、良いポストに収まって輝かしい功績を残すんだ)
……これでいい。彼らはきっと大事件を引き起こしてくれる。
そしてこの世界は終わりに向けて進んでいく。
『悪役なんかいない世界』を目指したあのこは、どんな抗いを見せてくれるだろうか。
たのしみだ。
***
その晩は、月明りが綺麗な夜だった。
ホウキに乗って飛来した私は、屋上でぼんやり掛けていたその人と目が合うとホバリングをする。フッと笑ったアルヴィス様は、どこか懐かしむようにこう言った。
「あの時と同じだな」
「今度は不法侵入じゃありませんよ」
彼の側に着地しようと高度を下げると、ホウキの先端に乗っていたタマが先に飛び降りて音もなく着地した。『ンなぁん』と挨拶してから彼の膝に飛び乗り丸くなる。ふわりと着地した私はその後を追って横に腰かけた。
「……」
「……」
心地よいゆるやかな風に撫でられながら、私たちはしばらく無言で空を見上げていた。
タマのゴロゴロ音がぷぅぷぅという寝息に変わる頃、先に切り出したのは向こうが先だった。
「その様子だと、俺の企みに気づいたようだな。シャーロットから昔の話でも聞いたのか?」
コクンと一つだけ頷いた私は膝を抱える。思えば私は、ここに来るまであえて彼個人に深入りすることを避けていたのかもしれない。正ヒーローと悪役義妹が心通わせたら、何か、誰かが……神様の意思が、私を叩き潰しに来るんじゃないかって。
(でも、今は)
思い切って顔を上げれば、神秘的な紫の瞳がこちらを見下ろしていた。感情を読ませないそれをまっすぐに見つめ返し、挑むように言う。
「アルヴィス様、私……外からの話だけじゃなくて、あなたの口からちゃんと聞きたい。幼い時に受け取った光のメッセージ……あれの送り主はあなただったんでしょう?」
「……まぁな」
一言だけそっけなく呟いたアルヴィス様は、手の内に光を生み出す。そっと放ったそれはホタルのようにふわふわと宙を漂った。それを手に取った私は、あの時のように外部から魔力を加えて変形させていく。
「あの時はその叫びを聞くことしか出来なかったけど、でも今なら手が届くところに居る」
知らなければ良かったなんて言わない。運命なんてあったとしても関係ない、過去からここに至るまで、ずっと独りで泣いてきた男の子が居るというのなら、見て見ぬふりなんてしたくない。
「あなたが抱える過去に、私は触れたい」
そう言いながら光を差し出す。それを読んだアルヴィス様の目がわずかに見開かれた。
――『私はここにいるよ』




