第23話
ふと思いついた案を口にする。完全なる思い付きに近かったけれど、案外それは悪くないような気がしてきて、私はパンと両手を合わせた。
「そうですよ、平民にだって才能はある。独学でやってきただけの私が、シャロちゃんを暴発から助けたって分かってくれれば、もしかしたらエングレース公爵学園長もちょっとは考えを改めてくれるかも」
それだったら、もっと平和的に話し合って解決できるかもしれない。一つの選択肢として私はそちらを進めてみてもいいんじゃないだろうか。現状、情報探るのにはなんの役にも立ってないわけだし。
「所長、どう思いま――、っ!?」
意気揚々と振り返ろうとした私は、ひやりとした冷気が肌の表面をかすめていくのに言葉を呑み込んだ。
「……」
アルヴィス様は、触れたら切れてしまいそうなほど冷たい紫のまなざしでこちらを見据えていた。その周囲では感情の昂ぶりによって刺激されたのか、氷の魔素が反応し始めて青く冷たい光を放っている。
「え……あの……」
思わず口ごもり、そこから先が紡げなくなってしまう。ピリリとした緊張感が神経をざわつかせて、本能が身を守ろうとするのか知らずの内に一歩後ずさる。
そこからは互いに一歩も動かず、ただ見つめ合う。やがて彼の口から嚙みしめるように零れた声が、まるで自分に言い聞かせているように誰もいない空き教室に静かに響く。
「そんな説得に、応じるぐらいなら」
あの時……と、小さく続けられた気がしたのだけど、それっきり彼は何も言わずに私から視線を外して床を見つめてしまった。
何かが彼の琴線に触れてしまったのか、取り繕うにも弁解するにも踏み出せず私は不明瞭な言葉を繰り返すしかない。
やがて冷気は散っていき、ふぅっと息を漏らしたアルヴィス様は一歩踏み出すと私の前を通り過ぎて扉へと向かおうとした。
「分かった……お前がそこまで言うなら任せる。確かにそれも一つの手段かもな」
「アルヴィス様、あの」
「俺のことは伏せとけ。こうして会うのもしばらくは控えた方がいいな」
思わず追いすがろうとした私の頭を手で抑えた彼は、くしゃりと一撫ですると笑みを――ひどく取り繕ったような笑顔を一つ残していった。
「また連絡する」
一人空き教室に取り残された私は、胸元をギュッと押さえてしばらく動けなかった。
どうしてあんなに悲痛な顔をしたんだろう。魔素を刺激するほど感情を昂ぶらせてしまった理由はなんだろう。その答えを推測できるほど、私は判断材料を持っていない。
(そうか私、アルヴィス様のこと何も知らないんだ――)
***
アルヴィス・シュニー。
もともとはお姉さまを主役としたお話の相手役で、悪役不在になってしまった時はその代わりを買って出てくれた人。だけどそれは打算も含んでいて、続編(?)に突入してからは貸しを作った私を利用して、監獄塔の罪なき罪人を解放しようとしている隣国の皇子さま。
頭がよくて、妙な行動力があって、こちらをからかうような眼差しを向けて来る、一癖も二癖もある人。
でもこれって、全て私からみた情報に過ぎない。彼が何を考えて、どうして監獄塔を解放したがってるのか疑問に考えたことは無かった。広く国民に学ばせようっていう志は立派だと思ったから。きっと皇子として未来のことを見据えているんだろうって。
(当初の計画からブレようとしたから怒ったの? でもあれは怒ってるっていうよりは……)
悶々と考えていたその時、急に顔面に『もふっ』とした物を押し当てられて私は小さく悲鳴を上げた。慌てて思考から浮上すると、タマを抱えたシャロちゃんが半目でこちらを睨んでいた。
「ちょっとプリシラ、せっかくレスノゥ殿下が居らっしゃるっていうのに、ボーっとするなんて失礼よ」
「あ、ごめんなさい」
そうだ、今はシャロちゃんが誘ってくれたので3人と1匹で布を広げてランチをしているんだった。招いて貰ったのに上の空だった私を気に留めるでもなく、レスノゥ殿下はぽやぽやとした笑みを浮かべながらタマを撫でている。
「別にいいよ。慌ただしい人生、気を抜けるときぐらいリラックスした方が良いと思う」
「あぁん、なんて寛大なお言葉。さすが未来の皇帝は器が違いますわねっ」
(未来の皇帝?)
キャッと黄色い声を上げるシャロちゃんの言葉が少し引っかかる。皇位継承一位は長男であるアルヴィス様なのに、まるでレスノゥ様がその順位をひっくり返すことが確定してるかのような口ぶりだ。ここが第二皇子派の学園内だとは言え、そんな断言するようなこと言っちゃって良いんだろうか?
「あの……っ」
思わず彼のことを尋ねてしまいそうになり、二人から視線を向けられてハッとする。俺のことは伏せとけって言われたのに、関わりを匂わせるようなことはマズいだろうか。えっと、なら代わりに――、
「と、突然ですけど、お二人はこの学園で平民が学べない状況ってどう思いますか?」




