第21話
「レスノゥ様にもお話ししておきましょうね。こんなに将来有望な生徒がどこに隠れていたのかしら」
魔石からはじけ飛ぶ魔素片で分かる。とにかく威力だけを求めて何重にも術式を押し込めているのだ。いけない、それ以上は――っ!
「わたくしだって……わたくしだってあのくらい!」
そして発動しようと彼女が杖を構えた時、私は無意識の内に群衆を割って駆け出していた。手の中に、彼女が構築した術式を『そっくりそのまま反転させた物』を3つ同時に組み上げながら。
「あっ!?」
あと数メートルのところで、シャーロット様の魔石にビキッとヒビが入る。澄んだ音を立てて割れた次の瞬間、制御しきれない魔術が暴発して、術者である彼女自身に襲い掛かった。
「キャアアアアア!!」
「シャーロット様!!」
彼女の元にたどり着いた私はその肩を掴んで地面に引き倒す。同時に手の中で組み上げた魔術を襲い掛かってくる攻撃にぶつけて片っ端から相殺していく。なんとか奇跡的に噛み合ったようで、しばらくするとあたりにはそよ風だけが散った。ふぅぅと安堵の息をついたところで、見守っていた人たちからヒソヒソ声が上がる。
――い、今の……
――まさか、シャーロット様がそんな初歩的なミスをするなんて……
――魔石が割れるほどの暴発って、よっぽどめちゃくちゃしないと起きないって本に……
ちょっと! これだけの事故があったんだから、心配するのが先じゃない?
一言言ってやろうと身体を起こした私は、すぐ横でへたり込んでいるシャーロット様の様子に動きを止めた。彼女は手をガクガクと震わせ、起きたことが信じられないように青ざめていたのだ。
「あ……うそよ……わたくしがそんな……」
演習場はシーンと静まり返り、誰も動こうとしない。彼女の取り巻きだった女生徒たちを見ると、二人はサッと目を逸してそそくさと人垣の後ろに逃げてしまった。それを察して、シャーロット様の目が見開かれる。
「……」
これまでずっと完璧で、誰よりも優秀でなければならなかった公爵令嬢は、みんなの前で取り返しのつかない大失敗をしてしまったんだ。その重責がどれほどの物かはただの令嬢である私には分からない。けれども、目の前で今にも泣き出しそうな姿は、ただの傷ついた女の子にしか見えなかった。
(~~~っ、あぁもうっ!)
地面に落ちたままだった彼女の杖を取り上げた私は、その場に居る全員に伝わるよう、普段よりも大きな声を出してみせた。
「あ、あれーっ!? これもしかして、私の杖じゃないですか!?」
「えっ……」
「ほら、ここの傷、見覚えがありますもん。いっけない、いつの間にか入れ替わっちゃってたみたいですね。失敗失敗」
こつん、と自分の頭を叩く。すると、凍り付いていた場の空気が一瞬で溶けていくのを肌で感じた。ザワザワと喋り合う声が聞こえてくる。
「二人の組んだ魔石が入れ替わってた……ってこと?」
「な、なぁ~んだ。それなら納得。さっきのすごい術式はやっぱりシャーロット様が作り上げた物だったのね」
「そうよねぇ、あの編入生が暴発させたって言うならしっくりくるもの」
アハハハハー、これで研究チーム入りの話は消えてしまったかな。でも仕方ないじゃない、居た堪れなさ過ぎて見てられなかったんだもの。落ちこぼれの私が泥をかぶるなら、大したイメージダウンにもならないもんね。やばい、泣けてきた。
「あなた……」
「シャーロット様、ホントにごめんなさい。お怪我はありませんか?」
明るく手を差し伸べた私は横からドーンと突き飛ばされて吹っ飛んだ。見ればさっきは目を逸らした取り巻き女子二人がふんぞり返ってこちらを見降ろしている。
「あなたまさか、シャーロット様を貶めるためにわざとすり替えたんじゃないでしょうね!」
「そうよそうよ! みんなの前で恥を掻かせようとしたんじゃないの!?」
いやぁ、やっぱこうなるよね。ヘラヘラと笑いながら何とかやり過ごそうとした私の腕を掴んで、彼女たちはさらに責めようとする。
「許せないわっ、学園長に突き出してやる――」
「おやめなさい!」
澄んだ声が彼女たちを制止する。立ち上がったシャーロット様は、こちらを緑の目でまっすぐ見つめた。そしてしばらくすると金髪ドリルをブォンッと払って歩き出してしまった。
「医務室に行くので失礼するわ」
「あっ、シャーロット様、お供しますわ」
「いい? これで助かったと思わないことね」
……ふぅ、なんとかなったかな。でもこれで彼女のプライドを返って傷つけてしまったのなら、ますます嫌われてしまったりして……。それも仕方ないか。
***
その日の夜、今日も学園内を回って研究室がないか調べていた私は、寮の前で待ち構えていた人物に驚いて立ち止まる。
「こんな時間までどこをうろついていたのかしら、もう消灯時間ですわよ」
「えっ」
相変わらず美人のシャーロット様は、どこかムスッとした様子で腕を組んで壁に寄りかかっていた。1年の寮長でもある彼女の指摘に慌てた私は、手と視線を泳がせながら何とかごまかそうとした。
「それはえっと~、図書室で自習してました。ほら、また明日の授業で当てられたらヤバいですし――」
「どうして庇ってくれたの?」




