第20話
いきなり名前を呼ばれてガタッと落ちかける。顔を上げれば講義をしていた女性教師がこちらをきついまなざしで睨んでいた。持っていた本をパタンと閉じた彼女は口の端をピクピクと吊り上げながら問いかける。
「いいでしょう、そんなに余裕そうならこのぐらい簡単に答えられるわよね? 『魔素の動きを5つの系統に分けて定義した、偉大なる4人の研究者』は?」
「え、あの、えっと」
しどろもどろになる私を見てため息をついた彼女は大げさなまでに肩を落とす。周囲のクラスメイトがクスクスと笑うので恥ずかしくて頬が熱くなってしまう。
「仕方ないわね、座って結構よ。次からは集中すること……他に誰か分かる人?」
「はい」
スッと手をあげたのは、私の二つ隣に座った金髪ドリルのシャーロットお嬢様だった。立ち上がった彼女はよどみなくスラスラと答えていく。とんでもなく長い人物名を完璧に答えきった彼女に自然とどよめきと拍手が沸き起こった。
「すばらしい、完璧よ。プリシラさんも見習うように」
うぅ、こっちに振らないで。存在感を消す隠密魔術とか、スゥっと背景に溶け込んでいくようなステルス魔術とか作れないかな。ええ、ええ、わかってますとも。どう考えても悪いのは授業中に上の空になっていた私です。
その時、視線を感じて左隣を見る。こちらを見ていたシャーロット嬢は、フフンとドヤ顔をすると私にだけ聞こえるような小声でこう言ってのけた。
「この程度も答えられないようじゃ、退学も見えて来ましたわね。せいぜい学園を追い出されないよう、色恋より勉学に集中なさってはいかが?」
ドストレートな嫌味に、私は怒るより先にショックで目を見開いていた。た、退学……? 成績が悪いと辞めさせられちゃうの? まだ何の成果も得られてないのに……。
(ヤバいヤバいヤバい、どうしよう。なんとか挽回を……)
その日の午後は、今学期初となる実習の授業とのことだった。
学園の裏手にある演習場で、私はみんなから離れた位置で一人焦りまくっていた。座学がダメなら実技で補うしかない。それならちょっとはできるはず!
「それではみなさん、教えた通りに魔術を組んでみましょう」
生徒一人一人に空の魔石がついた杖が配られ(わー、けっこう良質なの使ってる)、みんなはそれぞれ眼前に掲げて手を添わせる。構築を見た感じ、風の魔素を使ったシンプルな撃ち出し式……かな? なるほど、20メートルぐらい離れたところにある、あの大きな木の的に当てればいいのね。
「いいですか、風の魔素は組み方を間違えると大変危険です。暴発させて手を切らないように」
だ、大丈夫大丈夫。そのぐらいなら私でも全然よゆーだし! こちとら5歳から独学で組んでるのよ。このぐらい逆さづりにされたってできるわよ。
(いいとこ見せなきゃ、やり過ぎないように……でも正確に撃ち抜けるように。ちょっとだけ軌道の補正とかも掛けちゃっていいよね?)
集中するため目を閉じて魔力を練り上げる。ふわりと発生した魔風が私の髪を持ち上げてはためかせるのを感じた。だいたいの構築が組みあがったので発動する前に見直してみる……って、あれ? 即席で補正をねじ込んだから結構煩雑になっちゃった。魔力を流すルートに無駄が多い――まぁいいや、多めに魔力を入れてゴリ押ししちゃえ! たぶん当たる!
「それでは皆さん出来ましたか? 出来た人から発動して下さい」
「はいっ、プリシラ行きます!」
とにかくいいとこ見せようと、私は元気よく手をあげた。そのまま返事を待たずに杖を木の的に向かって構え、引き金となる『構築』の仕上げ部分をカチリと合わせる。
(穿て――!)
その瞬間、ドンッと地面さえ抉る勢いの風弾が魔石から発射された。軌道を調整しつつ飛んでいったそれは、見事に的の真ん中を撃ち抜いて綺麗な円形に穴を開けることに成功した。
「やった! どうです先生、これで退学は――」
意気揚々と振り返った私は、クラスメイト全員と先生がポカンとこちらを見つめている光景に固まった。そして今さら気づく、彼らは私とは反対方向を向いていて、その前には私の余波で火が消えたと思われるロウソク達がズラリと横一列に並べられていたのだ。……って、あれ? もしかして、課題ってそれを吹き消すだけ……だった?
シン……と、沈黙が降りる中、真っ先に声を上げたのは男子生徒数人だった。
「すっげぇ! 何だ今の!」
「天才じゃないのか!」
え、そ、そう? 褒められて悪い気はしなくて、私は照れてれと頭に手をやる。座学ではあれだけ生ぬるいまなざしを向けて来た先生も、丸い眼鏡をずらしながらすっ飛んできた。
「素晴らしいわプリシラさん! とんでもない才能を秘めているのね。推薦してあげるから今日からでもすぐにでも研究チームに参加なさい」
「えっ、いいんですか?」
「ええ、ええ、文句なしだわ」
やった! 思わぬ形で道が開けたかもしれない。みんなに囲まれて誇らしい気持ちの私だったけど、ふと視線を感じて顔を上げる。そこには、輪から外れてこちらを凄まじい目つきで睨みつけている一人の令嬢がいた。
「本当に素晴らしい一撃だったわ。構築のセンスもだけど、あれを発動できるだけの魔力も備えているなんて――」
先生が嬉しそうに褒めてくれるのだけど、私はこちらに背を向けた彼女……金髪ドリルのシャーロット様から目を離せなかった。
全身をわなわなと震わせていた彼女は自分の杖をバッと構えると、鬼気迫る表情で魔術を構築していった。走り書きのような荒っぽさで目が離せなくなる。
(あ、危ないよ。そんな乱暴に組んだら)




