第19話
「ルヴィ先生」
「いえ、なんでも無いですわっ」
慌てた令嬢たちはパタパタと走り去っていく。それを見送った先生はこちらに寄ってくると膝をついてスッと手を伸ばしてきた。引きつった私はやたらめったら手を振りながらそれを拒否しようとする。
「いやーっ! もうお腹いっぱいです、イケメン恐怖症です、わたし逆ハーなんて狙ってませんからぁぁ!」
「落ち着け、何言ってんだ」
「おのれ神め、私が何をしたって――え?」
急に口調を変えた彼を見上げると、眼鏡の奥のまなざしが特徴的な紫であることに気づく。ワンテンポ遅れて理解した私は驚いて少し飛び跳ねた。
「アルヴィス様!?」
「様子を見に来てみりゃ、なに怨み買ってんだ。学園長の娘だぞ、アレ」
長いカツラをずるっと外すと、見慣れた我らが所長の姿が現われる。どこか心配そうな顔を向けられた瞬間、私はなんだか安堵がこみ上げてきてペタンと手を床に着いてしまった。
「な、なん、良かった……アルヴィス様だぁぁ……」
「おい、泣くほどか」
まさか、あのいじわる皇子を見て安心する日が来ようとは。思ったより成果の出せない孤独なスパイ活動で自分でも知らない内に摩耗していたのかもしれない。まぁ、それを言ったらここに放り込んでくれたのもこの人なんだけど。
その後、周囲に誰の気配も無いことを確認してからお互いの経過報告をし合う。
監獄塔での作業方針の指示が終わったアルヴィス様は、今度は私と連絡を取るため臨時講師としてこの学園に潜り込んで来たらしい。ルヴィと名乗って別人に成り済ましてるところをみると、また何かヤバい手立てを使ったんだろうか。そんなのばっかりだなこの人。
「塔の方はまぁまぁ順調だな、プリシラが残していったアイデアをみんなで実現しようと頑張っている」
「そっか、みんな元気ですか?」
「お前が居なくて寂しがってたよ。俺もな」
サラっとそんなことを言われて鼓動が跳ねる。ぐぬぬ、相変わらず正ヒーローみたいな言動をしくさってからに。
コホンと咳払いした私は、それにはあえて触れずに事務的に言葉を返した。
「こっちの方は――すみません、実は報告できるほど成果が出てないんです」
素直に謝り、ここに来てからの動向を打ち明ける。コンテスト出場の取りまとめ役であるレスノゥ皇子と接触したと報告すると、彼はなぜかムッとした様子になった。
「……アイツに会ったのか」
「はい、動物好きみたいで、タマのことをすごく気に入ったみたいです。落ち着いて良い人ですよね」
行儀悪く机の上で長い足を組んだアルヴィス様は、カツラをクルクル回しながら頬杖をついた。
「穏やかねぇ、あぁいうのが良いのか?」
「いいっていうか、それで揉めちゃって……」
先ほどの呼び出しされた件を伝えると、彼は「あぁ」と合点が言ったように天を仰いだ。
「なるほど、それで目を付けられたのか。シャーロット・エングレースは学園長の娘で、婚約者候補の一人だな。皇太子妃の最有力候補の公爵令嬢だ」
「めちゃくちゃ高貴なご令嬢じゃないですか」
あれ? 皇太子妃ってことは、アルヴィス様のお相手候補でもある?
ここでとある可能性に思い当った私はハッとする。そういえばこの人、才能にあふれた巨乳がタイプだって言ってた。そして、シャーロット様はとんでもない美人でおっぱいがおっきくて学内での成績も当たり前のように上位だ。も、もしかしてそういうこと?? 弟皇子と公爵令嬢を取り合っちゃうの?
なんだかちょっと期待してしまってドキワクしながら彼を見る。そんな私を一瞥した彼は、怪訝そうな顔をして手を伸ばしてきた。そのままこちらの頬をブニィと挟むと忠告する。
「とにかく、探りを入れるなら別の奴にしておけ。俺の調べでは2・3年が中心になって3つのチームを組んでそれぞれ出品するらしい」
「みっひゅ」
その状態で喋ると変な声が出てしまった。真面目な顔を保とうとしていたアルヴィス様だけど、こらえ切れずブハッと吹き出す。ようやく離してくれると、今度は頭に手を置いて子犬でも撫でるようにワシャワシャとかき乱した。
「生徒間の噂話を集めるだけでも助けにはなるから、大物狙いはやめとけ。いいな?」
「乱れるっ……髪ボサボサになっちゃいますから!」
***
翌日の授業中、私は頬杖をつきながら今後のことを悶々と悩んでいた。
レスノゥ様に接触するのは止めとけ、かぁ。確かに、ガードが固くて有益な情報は出てこなそうだったし、悪役令嬢ちゃんにも睨まれちゃったからこれ以上接近するのは止めておこうかな。私には興味ないみたいだったし、タマには良く言い含めて一人で行ってもらおう。
(あとはもう、地道に学園内をめぐって情報集めかなぁ。めぼしい所に録音装置を設置してもいいんだけど、あれ記録できるのがせいぜい10分くらいなのよね。そもそも研究室がどこにあるかも分からないし――)
「プリシラ・ローズさん! 聞いているのですか!」
「ふぁ!?」




