第17話
やっほー☆ あたしプリシラ!
元気だけが取り柄のどこにでもいる女のコ。今日から憧れのフロストヴェイン魔術学園に通うことになったんだっ。
でもホントは入学資格が無くて、祖国に居るはずのお父さまに皇子様が一時的に領地を与えて書類だけこっちの貴族にしちゃったんだって。そんなことって、ゆるされるの?
バレたら退学? 処刑? 打ち首? これからあたし、いったいど~なっちゃうの~~???
(ほんとにさぁぁぁ!!)
所長室で立ち尽くしながら、私はニコニコと表情筋をひきつりそうなほど総動員していた。
目の前には大型のデスクがあって、その向こうにはひじ掛け椅子にかけている偉そうな髭のおじさんがいる。私の入学書類をジロジロ見ていた彼は、フンと鼻を鳴らすとそれを感じ悪く机に放りだした。
「プリシラ・ローズ男爵令嬢――平民上がりの成り上がり貴族が、我が神聖なる魔術学園に編入とは嘆かわしい……。まぁ一応は歓迎しよう、一応はな」
「ヨロシクオネガイシマスぅ」
彼……エングレース公爵閣下はこの魔術学園の長であり所長代理だ。本当はアルヴィス様の弟の第二皇子が所長なのだけど、彼自身がまだ学生なので、実質この人がトップなのだとか。
すぅっと息を吸った私は、両拳を胸の高さでグッと握るあざとポーズで無邪気さを装った。
「歴史あるこちらの学園に入るのがずっと夢だったんです、頑張りますねっ」
女スパイと悪役義妹のあざとスキルって地味に噛み合ってるんじゃないだろうか。ほほぅと面白そうに口の端を上げた学園長は、ひらひらと手を振りながらバカにしたように言った。
「学ぶ意思だけは高いようだな。まぁ、せいぜい頑張って吸収してくれたまえ。平民上がりの小さな脳みそでも、詰め込めば使いっぱしりぐらいにはなれるだろうからな」
(この狸オヤジめ~~、そのニヤケ顔をコンテストで絶望に染めたらぁぁ)
ピクピクと口の端をひきつらせていたその時、所長室の扉をコンコンとノックする音が響いた。入ってきた見覚えのある銀髪に私は目を見開く。
「おぉ、これはレスノゥ殿下。何用ですかな?」
「……」
アルヴィス様とまったく同じ髪色をしたその少年は、青い瞳をこちらに向けると不思議そうに少し首を傾げてみせた。レスノゥ……って事は、噂の第二皇子だ! どこか鋭い印象のお兄さんとは違って、儚げな顔立ちの美少年。似てはいない、かな?
見つめ合う私たちに焦ったのか、学園長はシッシとハエでも払う様に私の事を追い出した。
「用が済んだならさっさと教室に行くんだ、さぁ殿下こちらへ」
「うん。コンテストに向けた各チームの方向性がだいたい整ったから、リストを提出に――」
なにっ? 退出際に聞こえた話題に振り向いた私は、扉を閉めてから張り付く勢いで耳を押し当てる。欲しい、そのリストを何としても見たい!
「じゃあ、あとはよろしく」
しばらく何かを話していた後、軽い挨拶と共に出てきた殿下は、待ち構えていた私と目が合うとゆっくり瞬いた。最強の笑顔を浮かべた私は元気に話しかける。
「初めましてレスノゥ様! 私プリシラって言います、今日からこちらの学園に編入してきました、よろしくお願いしますっ」
これはチャンスだ、彼と仲良くなっておけば後々役に立つ情報を引き出せるかもしれない。それに人脈を広げるのは悪い事じゃないよね。確か一つ上の学年らしいから滅多にないチャンスだ。
「……」
ところが白銀の皇子は、感情の読めないまなざしでジィっとこちらを見る。まさか感づかれたのかと冷や汗をかいた時、彼の視線が下に向けられていることに気づいた。つられて私も自分の足元を見下ろす。そこにいた灰色の毛玉にビックリして大きな声を上げてしまった。
「タマ!?」
んぁーぅと気の抜けた声を出すマヌルネコは、私がこちらの寮に入るので監獄塔に置いてきたはずだった。いつの間についてきたの?
「あの、この子は……」
慌てて言い訳しようとすると、スッとしゃがんだ皇子は手を差し伸べる。素直にそちらに寄っていったタマは前脚を掛け、大人しくだっこされてしまった。表情が乏しいながらもどこか興奮したようなレスノゥ様は、しきりにその背中を撫でている。
「もふもふ、すっごいもふもふ……この子は、君の?」
「え、あ、はい、そうです」
『まぅー』
それから殿下は、気が遠くなるぐらいモフモフモフモフとしきりにタマの毛並みを堪能されていた。名残惜しそうに解放すると、大真面目な表情のままこう言う。
「ありがとう、プリシラって言った? これからも定期的に触らせてくれると、嬉しい」
「は、はいっ、お好きなだけどうぞ」
彼は最後に頭を一撫ですると行ってしまった。なに? すごいモフフェチ? でも「これからも」って言ってた。接点を持つことには成功したようだ。
「タマすごいっ! 有能キャッツ!」
『んなぁーお』
「でも他の人に見られたら困るから、授業を受けてる間は私の寮に居てね」
ジッと私の顔を見上げていたタマは、小さく『ひゃん』と鳴くと、踵を返してトットットと丸いボディを揺らして去って行った。えぇー超いい子。ペットを持ち込んでるご令嬢も居るって話だし、居ても大丈夫かな?
おっと授業に行かなくちゃ。えへへ、こんな変則的な形にはなっちゃったけどちゃんとした講義を受けられるのが嬉しいな。楽しみ。




