第14話
ふんすっとドヤ顔で迎えた私がそう言うと、一瞬目を見開いた彼はなんだかとっても優しい笑みを浮かべた。初めて見る表情に不覚にもドキッとしてしまう。
「さすがだな。もうみんなを虜にしたのか」
「……別に、魅了のまじないなんか使ってないですからね」
義妹お決まりの『チャーム』があるスキル世界じゃないはずだ。魔術はあるけど。え、大丈夫だよね?
なんかちょっとだけ不安になって目を逸らすと、黒フードの先輩たちがキャッキャとしながら集まってきた。
「所長ぉ、すごいんですよプリシラさん。斬新なアイデアばっかり出すんです」
「わかったわかった、夕飯にするから各自自分の研究室を改めて来てくれ。また爆発騒ぎなんて起こされたら歓迎会どころじゃないからな」
「はぁい」
へぇ、腹黒だけどこういうところはちゃんと所長っぽいんだ。って、歓迎会? 私の?
少しだけ意外に思っていた私は、綺麗にした厨房に行こうとした皇子を見て再度びっくりする。
「えっ、ご飯作るんですか? 皇子が?」
「あぁ、いつも俺がテキトーに作ったのを、各自が降りてきて好き好きにつまんでる。見ろ、城の厨房からいい肉をかっぱらってきた、今夜は御馳走だ」
ニッと少年のように笑われて困惑する。お料理好きのヒーロー? なんだか元の小説からだいぶ離れてきてるみたいだけど、これはいい傾向だととらえて良いんだろうか……。銀髪の氷の皇子さまなのに、手慣れた様子で着けるエプロンがずいぶんと庶民的。
***
その後、彼が作ってくれたお夕飯を掃除をしたメンバー全員で取り囲んで食べる。やっぱりみんな控えめだけど、はにかみながら少しは受け答えしてくれるようになったので嬉しくなる。
「寝起きをするのは、ここを使ってくれ。水回りは階段を挟んだ向かい側」
「わぁ……」
そしてなんと、部屋は最上階の個室を与えられてしまった。中に入ると、大きなベッドやドレッサーが完備された居心地のいい部屋が見えてくる。調度品なども一目見ただけで高級品と分かるものばかりだ。
「こんなに素敵な部屋、いいんですか?」
「逆に聞くが、本当に世話係は要らないのか? メイドの一人二人ぐらいこちらで用意できるぞ?」
来る前にも確認されたことを念押しされる。苦笑しながら私は頭を掻いた。
「あはは、大丈夫です。大抵の身の回りの事は自分で出来ますから」
幼い頃に前世の記憶を取り戻してからというもの、私は極力自分のことは自分で出来るように頑張ってきた。いつ没落しても良いようにとの考えからだったけど、無事だった今は逆に誰かにやって貰うのが煩わしくなってしまったのだ。だから一人暮らしも大丈夫!
「変わったご令嬢だ」
「料理をする皇子様に言われたくないですね」
からかうように言ってやれば、それもそうかと呟かれる。クスッと笑った私は、入り口にある不思議な物に気づいて首を傾げた。
「ところで、なんで扉の外に鉄格子が?」
通常の扉の外側にまるで牢獄のような檻が一枚、外されて立てかけられている。
まさか私を閉じ込めるヤンデレルートかと一瞬警戒したのだけど、皇子はそちらを見て少しだけ遠い目をした。
「あぁ、あれは……」
「……アルヴィス様?」
「プリシラ、話しておきたいことがある」
なんだろう、改まって。かけても良いかと問われたので頷くと、そっちも座ってくれとベッドを示された。トランクを脇に置いて腰掛けると、アルヴィス殿下は向かい合うように椅子を一脚引き寄せて話し始める。
「さきほどの答えだが、この部屋はもともと身分の高い人物を収容して閉じ込めておく為の牢だったんだ」
「んぁ!?」
「安心しろ、改装した時に全部取り外させたから」
予想的中!? と、ビビる私に、彼は少しだけ笑う。えっとつまり――、
「ここは元・監獄塔で、殿下はこの塔を利用して研究所を作った、ってことですか?」
なぜだろう、シリアスな表情を崩さない皇子の顔を見てそうでは無いことを悟ってしまう。
彼はややあって静かに、だけどはっきりとこう答えた。
「元じゃない」
「え」
「ここは今も囚人を閉じ込める牢獄で、さっき一緒に机を囲んだあいつらは罪を犯した罪人だ」
「……」
突然明かされた情報に言葉が出てこない。混乱する頭を押さえながら私は何とか言葉を絞り出した。
「え、だって、そんな風には全然――あの人たちがいったいどんな罪を犯したっていうんですか?」
みんな気弱な人見知りだけどちゃんと話せばいい人ばかりで、とても犯罪を犯すようには見えなかった。そう尋ねると、アルヴィス様は感情を見せないような声で答える。
「あいつらの罪は平民の身でありながら魔術を学び、行使したこと」
「!」
「この国で魔術に携わることを許されているのは上流階級だけなんだ」
魔術という技法が確立されたのはまだ歴史に新しく、50年にも満たないらしい。発祥の地とされるこの帝国でそんなルールがあったなんて……。
「そんなのおかしいですっ、魔力があれば魔術は誰だって使えるのに」
「平民ごときに劣っていては困る貴族たちのプライドがそう法を定めたのさ。支配者層での知識と技術の独占化だな。“予期せぬ重大な事故を未然に防ぐため、平民の魔術の行使を禁ず”……それがこの国のルールだ」




