第13話
ピンと閃いた私は握った手を顎の下にあてて、ウルウルと困った顔をして彼らを見上げてみせる。
「ふぇぇん、ぜんぜん綺麗にならないです。プリシラ泣いちゃいそう……」
喰らえ悪役義妹の「たすけて♡」攻撃! 知ってる、こういうのヲタサーの姫って言うんだ。ほらほら、手伝ってもいいんですよ? おい、……おいなんで引きつる。待てこのっ。
「こまるー、すっごいこまるー! 何とも思わないんですか、ねぇ!」
「ヒィぃ!? 女のコだ怖い!」
「あわわわわ……」
彼らが慌てて自分の部屋に逃げ込もうとするものだから、パシッとローブの裾を捕まえる。扉を締めようとしたので踏ん張って引き止めていると、研究室の中がチラッと見えた。ん? あれって……。
「ぎゃふん!」
興味を惹かれた私は掴んでいた手をパッと放してそちらに駆け寄った。丸いフラスコの中に入った、不思議な液体を覗き込む。
「あ、ちょっと――勝手に触らないで……」
「わ、これって何ですか?」
もちろん許可もなしに触ろうとはしない。他人の術式に横から手を出すほど危険なことは無いからだ。考え込む姿勢になった私は、その不思議な物体に書き込まれた命令文を真剣に読みとろうとする。
「水の魔素の集合体……に、絶えず内側に巻き込むような命令文? なるほど、だから一定の形を保てている……」
「え……君、見ただけでわかるの?」
驚いたような声に私は明るい顔で振り返る。畏れたように一歩引かれたけど、満面の笑顔でこう答えた。
「はい、なんとなく。先輩、これってどういうことをやろうとしてるんですか? 良かったら教えてくれませんか?」
そう言うと、ローブをかぶった彼らは困惑したように顔を見合わせた。真ん中の少し背の低い人が指先をいじりながらおどおどと進み出て来る。
「えっと、特に深い意味はないんだ。なんとなく核となる魔石に水を纏わせられるよう実験してるだけで……」
「核? あ、ほんとうだ。中央にありますね」
「うん、それはガラス玉で作った人工だけど。宙に浮かせられたらカッコいいかなーって試行錯誤してる最中なんだよ」
話しているうちに少しだけ慣れたのか、ぎこちなくも笑ってくれる。ぷにょんとフラスコの中で揺れる液体を見ていた私は、いいことを思いついてしまった。
「先輩、これ使ってみても良いですか? もしくは術式教えて貰えたら新しいの作ります」
「え? それはいいけど」
その時、戸棚をゴソゴソやっていた大柄な一人が、別のフラスコを差し出してくれる。
「あ……あの、こっちに予備あるよ。少し小さめだけど使う?」
「わっ、ありがとうございます」
「でも、何に使うの?」
受け取った私は部屋を出る。興味をひかれたのか1階についてきた彼らにふり返り、ワクワクとしながら提案してみた。
「これって、床のお掃除に使えるんじゃないですか? 内側に巻き込む力を均衡じゃなく一か所だけ崩して、決まった方向に進むようにしてみるんです」
言わば、水で出来た自動掃除ロボットだ。そうアイデアを出すと、一瞬ポカンとしていた彼らは一気にワッと盛り上がった。
「そ、それすごい……、すごい楽しそうだよ。やってみよう!」
許可を貰ったので、魔素の流れに少しだけ手を加えてから地面に落としてみる。ぷよんぷよんと形を変えていたお掃除スライム君(仮)は、しばらくするとゆっくりと壁に向かって走り出した。それを見てみんなで歓声を上げる。
「いい感じ! あとは部屋の中心から円を書くように動かすことができたら、まんべんなくお掃除ができそうですね」
「やってみよう! って、邪魔な障害物は片付けておかないとな。誰だよこんなところに本を放置したの〜」
実証実験の為か、自主的に片づけを始めてくれる先輩たち。そうそう、身の回りはきちんと綺麗にしておくと気分も明るくなるんですよ。調子に乗った私は、さらなる改善点を挙げてみる。
「これって素体はただの水ですよね? 洗剤を含ませたらもっと洗浄力が上がるんじゃ?」
「せっけんを細かく刻んで入れておく、とか?」
「いっそ、せっけんの中に核を埋め込んでしまうとか!」
「えぇ、そんなのできるか?」
「物は試しだよ やってみよう」
「薬剤がよく溶けるように温度操作もできるといいな……確か4階に住んでるやつがそういうのやってたような気がする。名前も知らないけど声かけてみるよ、おーい!!」
人付き合いがニガテな彼らも、好きな魔術が関わると饒舌になるのか途端に活き活きとしだす。
結局、1時間も経つ頃には総勢6人もの研究員さんが、地上階のお掃除を手伝ってくれた。汗をぬぐった私は、爽やかな気分で笑う。
「皆さん、本当に色んな研究に特化してるんですね。ここで色々と学べるのが楽しみです」
学園よりもこっちの方が向いていると言った皇子の言葉が何となくわかったかもしれない。この塔は面倒な申請とか無しに、気になった事は即実験できる環境が整っているんだ。特定の研究に特化したエキスパートも居る。なんだか無限に可能性が広がっていくような気がしてきた!
「私、みんなが幸せになれるような魔術開発をしたいんです。今日からどうぞよろしくお願いします!」
そう改めて伝えると、やっぱりフードを目深に被ったままの先輩たちは、怯える子羊のように物陰に隠れてしまった。
「まぶしすぎる……やっぱり女のコこわいよぉ……」
「ぼく、貢げるほどお金とか持ってないですごめんなさいごめんなさい」
「しませんよそんなこと、過去に何があったんですか……」
すっかり地上階もピカピカになって素敵なダイニングが出来上がった頃、ようやくアルヴィス逃亡皇子が帰ってきた。やけに大きな紙袋を抱えた彼は、塔に足を踏み入れるなり驚いたようにあちこちを見回す。
「驚いた……この塔、こんなに広かったのか」
「おかえりなさい。どうですこの変わりよう、みんなが手伝ってくれたんですよ」




