第1話
(ピンクブロンドの髪なんて、まるで何でも欲しがる悪役の妹みたい。……悪役?)
通りすがりに自分の姿を見た私は、ふとそんなことを思って立ち止まる。鏡の向こうから見返して来るのは5歳ぐらいの女の子で、ふわふわの桃色の髪にストロベリーピンクの瞳が可愛らしい美少女だ。けれどもその顔立ちは怪訝そうに歪んでいて、何となく違和感を覚えてしまう。
「どうしたのプリシラ。顔合わせの時間なんだから早くいらっしゃい」
「あ、はい。お母さま」
先を行くお母さまが振り返るので慌てて後を追う。美しく着飾った彼女は不機嫌そうにコツコツとヒールを鳴らしながら扇子で口元を隠した。
「まったく、前妻の娘だなんてとっとと下町にでも捨てればいいのに。この家にはあたくしの子が居れば十分じゃない」
前妻? そうだ、お母さまが再婚するから、あたしも今日からこの『オルコットはくしゃく家』に住むんだって言ってた。あれ? でもちょっと待って。どうして私、急にこんな難しい単語がスラスラ出てくるの? さっきまでお菓子と遊ぶことぐらいにしか興味がなかったのに。
混乱する私は、客間に入ると待ち構えていた人物にポカンと口を開けてしまう。新しいお父さまの隣に、私より少し上くらいの女の子が居たからだ。
「ああ来たか。紹介しよう、娘のセシルだ」
「ふぅん、これが? なんだかパッとしない子ねぇ。あなたもそう思うでしょうプリシラ? ……プリシラ?」
お母さまに話しかけられているのは分かるのだけど、私は冷や汗がだらだらと噴き出て来るのを止められなかった。
セシル。薄茶色の髪に新緑の若葉みたいな瞳をしたセシル。暗く沈んだ表情で『これから継母とその娘に虐げられる』セシル。セシル・オルコット。そして私はピンクブロンドの髪に可愛らしいドレスを着せられたプリシラ。
この見た目、状況、名前、間違いない。全てを思い出した私は、心の中で盛大に叫んだ。
(こっちぃぃぃ!?)
どうやら私、ざまぁされる義妹に転生したみたいです。
***
前世の私は、病により15歳という若さで死んだ。原因となる病気が見つかったのは小学生の高学年ぐらいだったと思う。最初は検査だけだからと言われた入院は回を増すごとに長引いていき、中学に上がる頃には日々のほとんどを病室で過ごすようになっていた。
「うーん……」
そんな、横になったままの私の唯一の楽しみと言えば、投稿サイトに上げられたネット小説を読むことだった。ベッドの上に居ても無数に広がる世界に心を躍らせていたのだけど、いくつも読み漁っている内にある事に気づいてしまう。
「異世界恋愛モノで、いつも妹が悪役なのはどうしてだろう……」
『妹』の役割って近年のテンプレざまぁ物ではだいたい同じ立ち位置じゃないだろうか。
ヒロインの腹違いの異母妹か血の繋がらない義妹で、甘やかされてわがまま好き放題に育ち、姉の婚約者にすり寄って寝取ってかーらーの、パーティーの場でバッと手を広げて「婚約破棄だ!」って叫ぶ当て馬の腕におっぱいを押し付けてしなだれかかってる、アレ。
ほぼ間違いなくざまぁされて、大抵は追放されたり娼館送りだったりとロクな末路をたどらない悪役だ。ぶっちゃけ悪役令嬢より救いがない気がする。
「悪役にしやすいのは分かるけど……。でも育った環境もあるんじゃないの? 一概に妹だけが悪いとも言えなくない??」
納得のいかない気持ちを抱えながら転がる。画面をスクロールした先に現れたのは、やっぱり義妹が泣き叫びながらみっともなく姉に赦しを乞う場面だった。
「妹だって被害者に見えるけどな……。主人公にしても、悪役にしても、誰かがつらい思いをしなきゃ物語にならないのかな……」
***
「…………」
そんな義妹に転生してしまった。
たぶんここはあれだ、あの時読んでた日刊ランキング1位――『義妹に全てを奪われた無能聖女ですが、隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので今さら戻ってきてくれと言われても遅いです!』っぽい。タイトルでだいたい分かると思うので内容は割愛。
確か義妹のプリシラは自分が真の聖女だと偽って王子に取り入り、姉のセシルをその座から蹴落とすのだ。でも結局はハリボテがバレてセシルに泣きつくのよね。そして国を騙した廉で家族丸ごとざまぁされて娼館落ちしてナレ死を迎える。いやぁぁ!!
その時、紅茶を飲んでいたお母さまが突然、飲みかけのそれをセシルにバシャアとぶちまけて高笑いを上げた。
「アハハハハ! あーらごめんなさい、手が滑ったわぁ」
(うわぁああぁ!!)
やった! この人やっちゃったよ! お父さまも引きつりながら何で一緒になって笑ってんのよ。……あっ、うそ、蹴った!? ……ねぇ、両親のこういう行いを見てたから私もそれを真似するようになったんじゃないの?
まだ年端もいかない女の子への『虐げ』を生で見せられてムカムカとしてきた私は、自分の紅茶を掴むとそれをお母さま目掛けて思いっきりぶちまけてやった。悲鳴をあげてこちらを見る彼女にハッキリと物申す。
「おかーさま! 自分がされて嫌な事は、人にもしてはいけません!」
「プリ……シラ?」
「おとーさまも!」
父をギロッと睨むと、偉そうに口ひげを生やした彼は少し跳ねた。
「なぜおねーさまを守らないのです! 後ろ盾のないおねーさまを守れるのは、あなたしか居ないというのに!」
「え、あ、」
バッと椅子から飛び降りた私は、床でポカンとしているセシルに駆け寄るとその身体を守るようにギュッと抱きしめた。
「二人とも、何の罪もない子に当たるなんてサイテーです!!」
短編で書いたものに、もう少しエピソードを盛りたくて連載することにしました。
もっと読みたいと思って頂けましたら、ぜひ応援をよろしくお願いします。