日比谷忠は
車が通れるだけのスペースを広げてあるだけの道を進んでいたら、茅葺き屋根の建物の前にたどり着いた。左右を竹に囲まれていた場所から、解放される。その建物から巫女服の女性が出てきて、忠治が車を止めた。
「駐車場ないかどうか聞いてきちゃお」
青ざめた顔をしてシートに全体重を預けている伊代を後部座席に置き去りにして、忠治は運転席から離れた。見たところ、駐車場のような場所はなさそうだ。邪魔にならない場所に停めておかなければならない。巫女服の女性に声をかける。
「私も」
伊代は這い出るように車から降りた。
忠治の運転が荒かったのではない。忠治は『霜降伊代は車が苦手』と作倉から聞いているので、普段よりも安全に配慮して運転していたぐらいだ。それに、何度も車から降りて一休みしないかと提案していた。
狭い空間から外に出て深呼吸をすれば、山間のひんやりとした空気が鼻腔を刺激する。くしゃみが出た。九月だからと油断していたが、もう一枚はワイシャツの中に着込んでくるべきだったか。昨日の段階で今日の『任務』について教えられていたら用意していただろう。いつだって後悔は先に立たない。
「あら」
白い犬と目が合った。どっしりと座っている。伊代が両腕を広げた大きさよりも大きな犬なのに、首輪もリードもついていない。野良犬にしては小綺麗だ。飼われている犬ならば、ハーネスでもつけていそうなものだが。
「……似ている」
伊代が近づいていくと、犬は後ろに後退りしていった。視線は外されていない。くりっとした眼球が、伊代の姿を映している。
最初の『任務』で出会った狼男に似ているような気がした。
こんな寒村にいるはずはないから、ただ似ているだけだ。たとえ似ているだけだとしても、一回頭をなでるぐらいはさせてほしくて、伊代はさらに距離を詰めようとする。
が、犬は驚いた顔をして、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。
伸ばしていた手を引っ込める。
「伊代さぁん! 芽衣さんからお話聞かせてもらえちゃったりしちゃうってぇ!」
おそらく忠治に驚いたのだろう。
きっと、そうに違いない。