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神影

 

 次の目的地――神影の本部の前に、伊代と千夏は移動してきた。会話しながら歩いていたら到着するような距離だ。

「海陸ちゃんがどういう子なのか調べていけば、氷見野博士とのやりとりもわかるカモなの!」

「ここに欲しい情報があるかはわかりませんが、まあ、一度は行ってみたかったのでいいでしょう」

 まずは受付を、と二人は正面玄関から受付を目指すも、それらしき場所に人はいない。館内の照明は煌々と点灯しており、それとなく学校を想起させるような作りをしていた。

「休館日なの?」

「だとすれば、入り口は開いていないでしょう」

「確かに。不用心だし」

 公共の施設でもないので、勝手に見て回るのは気が引ける。伊代は、日を改めてアポイントメントを取ってからの再訪を提案しようとした。が、時すでに遅し。千夏は「どなたかー!」と叫びながら『経営企画室』の引き戸を開けていた。行動力と度胸が段違いだ。

「あっれれー、おかしいなー?」

 大股で室内へと踏み込んでいくので、伊代もついていく。千夏は湯呑みを発見して、持ち上げていた。

「このお茶、手がつけられてないの。なみなみと注がれて、一口も飲まないなんてことあるの? もったいないし」

 もったいないと言って飲もうとする。その液体が本当にお茶であるのか、お茶であったとして不純物が含まれていないかの確認もなしに唇へと近づけた。

「やめなさい」

 罠かもしれない。千夏の軽率な行動をとがめる。罠であったとして、普通は放置されているお茶は飲まないが。

「ジョーダンなの」

「……冗談には見えませんでした」

「期待の新人がここで倒れるわけにはいかないの! 他の席も見て! 作業をやりっぱなしでいなくなるなんてこと、あるの?」

 ノートは開きっぱなし。パソコンの電源は入りっぱなし。人のいた痕跡はあるのに、人はいない。

「この人たちはどこに行っちゃったの?」

 不可思議な現象に出くわして、伊代は拳銃を構えた。ここからは警戒していかなくてはならない。いや、この建物に入った瞬間から、警戒はしていたのだが、よりいっそう、警戒レベルを上げていかなくてはなるまい。

「私たちをどこかから監視していて、不意打ちをしかけてくる可能性があります」

「やば!」

「秋月さんもすぐに戦えるように」

「わかったの!」

 いい返事だが、千夏はこれといって武器らしい武器を所持しているわけではない。期待の新人に信用がない――というのもあるかもしれないが、主な理由は千夏の能力にある。

 千夏は【相殺】の能力者だ。この世界における能力者でも特殊な分類にあたる。この【相殺】は『相手の科学では証明できない不思議な力能力に対して同種のエネルギーを発生させることにより打ち消す』といった効果だ。ただし、千夏を対象にしたものでしか作動しない。地震や火事といった不特定多数に被害を及ぼす力の前では一般人と変わらない。

 たとえば伊代の【必中】を、千夏がターゲットとして発動したとすれば、千夏も【必中】を使用できるようになる。……まだ【必中】は手に入れていないが。千夏が『たーちゃん』と呼んで親しくしている剛力宝の【硬化】は会得している。

 したがって、千夏に襲いかかってくるような人間がいれば、千夏は【硬化】で応戦できる。なおのこと、両手はフリーにしておいたほうがいい。

 おさらいしておくと【硬化】は『手に触れたものをダイヤモンドに変える』ことができる。千夏のほうが任意にオンオフができるぶん、実は上位互換なのではないか。青は藍より出でて藍より青しだ。

「集団失踪事件の謎を解き明かすの!」

 千夏は人の不在を『集団失踪事件』と名付けると、廊下に響くような声で「どこに隠れてるのー?」と呼びかける。返事はない。隠れているのだとして、呼びかけて出てくるようなら最初から隠れてはいないだろう。

「片っ端から捜索し、最終的には『ホール』へ向かいましょう」

 壁に掲示された地図の、ど真ん中を指さす。狭い場所よりは広い場所のほうが応戦しやすい。千夏は『集団失踪事件』と認識しているが、伊代は、神影の構成員が物陰に潜んでいて、組織に所属している伊代と千夏の命を狙っているものだと判断していた。

「その心は?」

「はい?」

「集団失踪事件とかけて、ホールととく……」

 神影と組織は、協力関係とは言い難い。というのも、神影は裏で「能力者を開発している」とのウワサがあるからだ。今回、その証拠が掴めれば、能力者保護法に基づいてこの施設を破壊してもよい。能力は『自らの身を守るもの』だ。神の力ではない。

「謎かけではありません。戦闘になったら、私が敵を引きつけますので、秋月さんは組織に連絡をしてください」

「超絶美少女の本気を霜降パイセンに見せるべく、わたしも戦うの」

 ひょっとすると六道海陸は研究成果の一つだったのやもしれない。書類でも、データでも、どんな形でもいい。確たる証拠の一つを見つけられたなら、あとは組織の他のメンバーを動員して本丸を叩ける。

 人がいないのなら、これはチャンスだ。

 とはいえ、千夏を単独で行動させたくはない。先ほどのように、怪しい液体に口をつけるような行動をするようなら、命がいくつあっても足りない。

「それは今でなくてもいいです。生存確率を上げるために、増援を要請してください」

「そんなー!」

 がっかりしなくとも、まだ伊代と組む機会はあるだろうに。千夏としては、ここで伊代との親密度を上げておいて、伊代の【必中】を学びたい、といった魂胆が見え隠れしている。どう考えても【必中】は強い。その『視界に入ったものに必ず命中させる』能力だ。対象がどれだけ逃げても、一度対象を捉えれば命中するまで付きまとう。

「伝令役も大事な仕事ですよ」

 特にこれといっためぼしい情報が見つからない。

 徒労に終わりそうな神影潜入作戦は、とうとう『ホール』までたどり着いてしまった。そこには、

「いらっしゃいませー」

 なんでお前がいるのだ。

「……小学生は今、学校にいる時間なの」

「ぼくは宮城創、またの名を終止符。好きなほうで呼んでね!」

 名乗りに補足しておくと、この小学生にしか見えない少年は、俺の息子を自称する異常者だ。ニコニコと笑っているが騙されてはいけない。

 生年月日を訊ねられれば今なら「平成六年六月六日」を答える『男の子』だが、その平成六年はこの世界の平成六年ではない。別の時空に生まれて、この世界に干渉している。

 その能力は【抹消】で、――ああ、わかった。六道輝とその周辺の住民の、六道海陸に関する記憶を消したのはお前か。

「霜降伊代と話がしたくてね」

 不審者に名指しされた伊代は、持っている拳銃の銃口を少年の頭に向ける。躊躇いなく引き金を引いてくれても構わないのだが。

「わたしは?」

「秋月千夏――ちなっちゃんとは、また今度会う運命だね。ここで会ったことは忘れてもらうね」

「きゃうん!」

 千夏はその場でクルクルと二回転し、後ろに倒れ込む。とっさの判断で背中を支えに入った伊代のおかげで頭を打たずに済んだ。気を失っているようだ。

「何をした!?」

「言ったよね? 忘れてもらうね、ってね。ぼくの話が終わったぐらいで目を覚ますから心配しないでね」

 能力による攻撃というのは明らかだが、ただ会話していただけだ。創は壇上で座っていて、伊代と千夏との距離もある。

「ここの人たちには消えてもらったから、二人とも好きなだけ調べ物ができたよね?」

 お前、神影の構成員まで消したのか。何もかもがやりっぱなしの状態で人間が消えていたのはお前の仕業か。……その状況を作り出せる能力者はお前ぐらいしかいないが。

「消えて、もらった?」

「ぼくは、ぼくの思いのままに物体や概念を消せるからね。そこから【必中】で撃とうとしているのなら、ぼくはその拳銃を消す。伊代は、その拳銃を紛失したら困るんだよね?」

 脅しだ。この拳銃は組織から貸与されているもので、伊代だけが特別に所持を許可されている。無くすなんて言語道断。即刻処分されても文句は言えない。

「消すのは一瞬で、元には戻せないからね」

「戻せない……ここで働いていた人たちも、ですか?」

「ここは影。それも、風車宗治の眩しい【威光】によって生み出された影だね。その【威光】は消えてから九年。もうじき十年になるよね? 影だけでよくぞここまで残っていると思わないかね? ――いずれ消えるものなら、今日消えても誤差だよね」

 本気で消されかねない。伊代は拳銃をショルダーホルスターに戻した。

「私と話がしたいのなら、組織に来ていただければいくらでもお相手しますよ」

「ぼくは作倉卓から嫌われているんだよね。受付で追い返されちゃうから、こっちで。ついでに神影を壊滅させておこうと思ってね」

 これほどまでの能力者に組織が声をかけないわけがない。まあ、創はこんな破滅的な性格をしているから、組織には所属できないだろう。ただでさえも少ないメンバーを減らされたら困る。

「どうして私がここに来ると?」

「ぼくの知り合いに『アカシックレコード』を持っている女の子がいてね。そこに書いてあったから、先回りして待ってたんだよね」

 その『アカシックレコード』という単語は、篠原幸雄との会話で出てきていた。宇宙の始まりから終わりまで、この世界に起こる出来事を記した〝正しい歴史の本〟だ。

「神影のことを話してくれる人がいなくなっちゃったから、ぼくが代わりに紹介しておくと、神影は文字通り『神の影』として、唯一神たる風車宗治の誕生と同時に生まれて、風車宗治の人生を支えていた団体だね。唯一神のお世話をしながら、その【威光】の恩恵を受けていた」

 風車宗治の人生は【威光】と共にあった。

 自らの思うがままに世界を操る男のそばに、家族はいない。隣の家に住む氷見野雅人が、幼馴染みとして、対等な存在だった。

「神影が『能力者の開発』に乗り出したのは、唯一神亡き後の後継者を生み出すため。再び自分たちにとって都合のいい神を作りたかったからだね。二〇〇〇年十二月二十六日、風車宗治の死によって拍車がかかり、その副産物として香春隆文の【狼男】をある程度抑制する薬もできたね」

 急に知人の名前を挙げられて、伊代は目を丸くする。

「香春隆文を生み出したのは神影の息のかかった研究チームだね。知らなかったかね?」

「ええ、初耳です」

 神影の本部に資料室のような部屋はあったが、その『能力者の開発』についての証拠は掴めていない。決定的な、何か、一つでもあれば。

「信じてないみたいな顔をしてるね?」

「まあ……」

「そのうち香春隆文とも再会するんだから、その時にでも聞いたらどうかね。聞けるだけの状況ならいいけどね」

 


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