追憶の紙飛行機は夜の散歩道を灯す
都会のど真ん中で、空を見上げる。
ベランダの手すりに寄り掛って見上げる空は、お世辞にも広いとは言えなくて。
どこの空も薄く擦りぼかしたように光に塗りつぶされて、星座さえ追えない。
白く立ち上る吐息が消えていく軌跡を追いながら、記憶の中を探る自分に嫌気が差す。
この時期になると、いつもカレンダーの空白ばかりを目で追う自分がいる。
その未練がましさに、零れ落ちるのがため息になったのはいつからだろう。
年月というのは残酷で、私が同じ場所を繰り返し回り続けているうちに、世の中は目ぐるしく変わっていくようだ。
ふと下を覗き込めば、手を繋いで歩いていくカップルばかりが目に付く。
年齢も、服装も様々。それでも、誰も彼もが、自分よりも楽しそうに見えて来るのだから私も終わっていると思う。
夜の散歩は楽しいか。
その手は、温かいか。
君たちにとって明日は、希望が見えるのか。
連なり出るつまらない言葉を唾と一緒に飲み込んで、下を向く。
孤独というものは、人間を腐らせる毒みたいだ。
ゆっくりと朽ちていく自分のことを、蔑むほどに加速する。
「疲れてんなぁ」
隈が消えなくなった血色の悪い顔が窓ガラスに映っていて、ソイツは心底嫌そうに顔を歪める。
「そんなに嫌うなって、どうしたって離れられないんだから」
階下から呼ぶ声に、私は暗闇を見つめていた目を瞬く。
まるで何ごともなかったかのように笑顔の仮面をつけ、殊更に明るい声で返事をする。
その嘘が、更に私を痛めつけるとしても。
ふと思いついて、振り向きざまに手の中の紙飛行機を飛ばす。
届くあてのない言葉を、今度こそ、この感情と一緒に捨ててしまうために。
『あなたの言葉は、まるで灯みたいだね』
ずっと捨てられなかった小さな断片のような追憶を、私は捨てる。
心に棲み着いてルームメイトみたいになってしまったこの後悔を、今度こそ卒業するために。
珍しく強く吹いた追い風に乗って空を滑る紙飛行機に、性懲りもなく祈ってしまう自分自身を嗤う。
願いなど、叶わない。
決して、叶わないのに。
「え、嘘でしょ」
思わず、ベランダの手すりから身を乗り出す。
見慣れた散歩道に、雲が切れて光が射す。
紙飛行機は、まるで導のようにその人の手の中にあって。
ふわりと、懐かしい笑顔でその人は笑った。