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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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友愛の殺人鬼

作者: 冬霜花

 

 体が熱い。まるで燃えているようだ。心臓は強く鼓動を刻み、呼吸は乱れ、静かな夜の街にただ肺が苦しむ音が聞こえてくる。

 どうしてこうなった。いつからこうなった。一体何が間違っていたのか。何のせいで、誰のせいで。分からない。分からないよ。どうして、どうして僕に教えてくれなかった。どうして僕に言ってくれなかった。僕じゃダメだったのか。僕にはお前の隣にいる資格はなかったのか。ただ一言、一言でよかったんだ。そう、「助けて」と。それだけで僕は。いや、お前は。



 その街には殺人鬼がいる。そう言われ始め3ヶ月が経った。1人目の犠牲者が出たとき、一体誰がこの惨劇を予想できただろうか。誰もがその事件を自分とは関係のない世界、ニュースの中のお話、メディアの向こう側での数ある一つの事件と思っていただろう。3人目の犠牲者が出ると流石に恐怖したのか、毎日報道され始めたその殺人鬼の話題に日本は盛り上がりを見せた。朝のニュースも、昼のバラエティーも、夕方の報道番組でもその事件が語られるようになった。色んな分野の専門家が意見を述べている。沢山の高明な学者が分析したことを説明している。誰もが知る有名なコメンテーターが感情を抑えることなく爆発させている。だが、それでも世間では未だ事件は事件としてではなく酷く悲劇的な物語として広まり続ける。ついに10人目の犠牲者が報道される頃には、いつの間にか令和最悪の連続殺人事件と言われ始めていた。ネット上では『日本の切り裂きジャック』と殺人鬼を呼称するようになり多くの人々がその人物について触れるようになった。快楽殺人、サイコパス、シリアルキラーと、彼らはエンターテイメントとして殺人鬼を自分勝手に消化する。また、段々と日本の警察への厳しい言葉も飛び交うようになり、SNSは批判、誹謗中傷、陰謀論に塗れている。そうして、最初は誰も気に留めなかったただの殺人犯は、いつの間にか日本を恐怖に陥れる稀代の殺人鬼と変貌していった。


 学校が休校になってから1ヶ月、僕はその時間の多くをベッドの上で過ごした。連続殺人のうち半分以上が僕の住む街で起きているせいで、学校がなくなったというのに外へ遊びに行くこともできない。


 「まるでコロナが流行った時の外出自粛みたいだ。暇だな。」


 そんなことを1人部屋で呟いてみるとすかさず枕元のスマホから耳の痛いアンサーが帰ってくる。


 「暇だって?はあ、何言っちゃってるんだか。高三の俺らは受験生だって自覚がお前には足りないようだな。バカなの、死ぬの?」

 「おいおい、こんな時に縁起の悪いこと言うなって。分かってるよ、勉強しないとやばいってことくらい。でもこう、学校っていう圧力がないと中々モチベも上がってこないというか。ガリ勉くんのお前にゃ分かんねぇかもだけど。」

 「誰がガリ勉くんだ、俺は普通だって何回も言ってるだろ。お前がやべーんだよ。5月の中間も例の事件で無くなっちゃたし、自分でしっかりやらないと。」

 「えー、そうは言ってもやる気が出ないからなぁ。そういうガリ勉くんはいつ勉強してるんですか?休校始まってからほぼほぼずっと僕と電話してるじゃん。まさか電話しながらやってんの?」

 「いや、流石に電話しながらだとあんま出来てないかな。でも夜にやってるから大丈夫よ、お前と違ってな。」

 「あの、すみません、最後のそれ要ります?でもやっぱ夜にやってるんか。お前いつも夜には電話出てくれないもんな。メッセも既読にならないと思ったら勉強してたんかよ〜。やっぱガリ勉か。」


 学校でもずっと勉強してるような奴だがここまで病的だったとは。いやはや驚かせられる。まあこいつとは小中もずっと一緒だったし知らなかったわけでもないが、流石にガリ勉。ガリ・勉太郎と名付けてやるか。いい加減天井とスマホの光と睨めっこするのにも飽きてきたから、外出してぱーっと遊び回りたいんだけどな。奴も勉強ばっかしてると大変だろうから一緒に行きたいが、中々堅いときたもんだ。こいつは僕しか友達いないし、僕が連れ出してやらんとな。やれやれ仕方ないな全く。


 「なんかめっちゃガリ勉て言われてる気がする。しかも友達がいないとか失礼なことも。お前そろそろはっ倒すぞ。」

 「えっ、いや。いやいやいや。そんなこと言ってないよ。言う訳ないじゃんか。あーびっくりした。まったく、なんて酷い言いがかりなんだ、やれやれ。」

 「うーわ、わざとらしっ。そんなんだからお前も友達ゼロなんだよ。」

 「おっと。ついに禁忌を口にしたな。ってかゼロじゃねーし。こいつ失礼な奴だな〜。」

 「あっははははははは」


 スマホからっめっちゃ笑い声が聞こえてくる。くそ、こいつ。ってか人の独白を聞いてんじゃねーよ。普通に怖かったぞ今。


 「笑いすぎだっつーの。人の悲しい部分でそんな笑えるなんてもはや才能だろ。そもそもお前がいるんだからゼロではないんだな、これが。」

 「…………………………………………………………………………………………」

 「あれ、もしもーし。急に笑うのやめんの怖いて。うんとかすんとか言えよ。このタイミングでスルーされると僕が恥ずかしいことになっちゃうんですけど。」

 「ああ。いやごめんごめん、いきなり気持ち悪いことを言い出すから。そうか友達か、そうだな確かに俺とお前は友達だったな。あー、でも。あっれれー、おっかし〜ぞ?友達って言うには、俺にばっか頼りすぎなんじゃないかな??」

 「実際に気持ち悪いと言われるときついんだが。でもまあお前に頼ってばっかなのは否定できないかもな。いつも助かってます、ガリ・勉太郎くん!」

 「あ?だーれがガリ・勉太郎だ。じゃあ、お前はバカの助な。」

 「ひでぇ。バカは直球の悪口すぎるって」

 「お前の言うガリ勉も一緒だ、バカの助くん。」


 こいつ、中々言いよるわ。流石だな、それでこそ僕のガリ・勉太郎よ。はあ、今日も勧誘失敗か、結構好感触だったんだけどな。あともうひと押し足りないと言ったところか。明日にでも遊びに行く約束と予定が立てられるかもな。もうすぐ晩飯の時間だ。いいさ、絶対に明日は成功してみせる。


 「じゃあそろそろ夜ご飯だから今日はこのくらいにしといてやろう。また明日電話するからちゃんと出ろよ?あ、それとたまには夜のメッセにも反応してくれてもいいんだぜ。」

 「もうこんな時間か。電話は良いけど夜は無理、すまんな。」

 「ちぇ〜、分かったよ。じゃあ勉強頑張ってな、ガリ・勉太郎くん。」

 「お前こそ、たまには勉強しろよ。バカの助くん。」

 「うっせ、また明日な〜。」

 「おう、またな。」



 「あー、ダメだー。無理だー。分かんないー。」


 晩飯食べて久しぶりに数学でもやろうかと机に向かったはいいけど、積分の仕方をすっかり忘れてるんだけど。これちょっと焦った方が良いかもな。部分積分とかどこを微分するのかそのままなのか分かんねーよ忘れたよ。数Ⅲはいまいちピンと来ないんだよな。あいつに教えてもらうか。もうすぐ夏休み期間になるし、その間みっちりと…………………。

 いや、やっぱ頼りっぱなしはダメだよな。分からないのは自分のもたらした結果だ。こういうのは人に頼るもんじゃない。自業自得ってやつだ。それに勉強なんてやれば誰でもできるってあいつも言ってたしな。ガリ勉の意見だし多少は過激だと思うがあながち間違ってるとも思わない。やれるだけ自分で頑張ろうじゃないか。


 時刻は夜22時。勉強し始めて3時間くらい経つか。やればできるもんだな、積分もすっかり思い出した。ひょっとして天才だったのかも。それにしてもお腹減ったな。やっぱ頭使うと何か食べたくなるな、これも頑張った証というやつだろうか。いや、違うな。しかし困った。うちは親がインスタント食品や冷凍食品を嫌って買わないし、お菓子だって家にはない。夜ご飯は僕と父親が沢山食べるせいで残りは無かったはずだ。かと言って勝手に冷蔵庫の中身を漁ると母親に小言を言われかねない。

 これはあれか、やっぱり外に出て食料を手に入れるしかないってことか?神様が外出を切望する僕を哀れに思って授けてくれた御神託というやつか。神様も粋なことしてくれるじゃあないか。不安が無いわけではない。だが最近は例の殺人鬼の新たな被害者はでていない。捕まったとも報道されていないが、殺人鬼も人を殺すのに飽きたのかもしれない。それに僕には神様の御信託があるから大丈夫か。たぶんだけど。


 「親に気づかれると面倒だし、こっそり行くか。」


 2階の自室を出て、音を立てないように階段を降りていく。

 親はまだテレビを見て起きてそうだなと思ったが杞憂だったようだ。父親はお酒を飲んでいたからかソファで寝落ちしているし、母親はどうやらお風呂に入ってるっぽい。これはますます神様の力を信じざるを得ないな。ナイス神様。

 そしてそのまま静かに玄関のドアを開き静かにドアを閉める。もしその姿を誰かが見ていたら空き巣と間違えられたかもしれない。最後のオートロックの音がその静謐なステージをクリアしたことを告げた。


 さて、最寄りのコンビニにでも行きますか。

 家にこもっていたとは言えその道までは忘れない。慣れた足取りで食料調達へ向かった。

 それにしてもやっぱりというか、当然というか。あまりにも静かすぎるな。駅からは少しばかり離れた郊外とはいえ、普段のこの時間帯でももう少し人の通りがあったはずだ。それに心なしか、家の中から聞こえてくる生活音や部屋の明かりもいつもより少ない気がする。まるでここ一体の人や建物までもが例の殺人鬼に怯え恐れて息を殺しているように思える。ちょっと心細くなってきたいかも。神様の力とか冗談言ってられないかも。普通に怖い。けどもうコンビニまで半分くらいまで来てしまった。ここで引くのはなんか損した気分だ。仕方ない、このまま行くしかない。

 6月も後半に入ってくると夜でも中々暑い。しかもずっとクーラーの効いた屋内でゴロゴロしていたから余計に汗が流れてくる。

 あと少ししたらセミも出てきてこの閑散とした道ももう少し賑やかになるかな。まあその前に犯人が捕まってくれる方がベストなんだけど、それは難しい気もするな。これまで12件も殺人を犯しても警察に捕まらないのは本当に切り裂きジャックみたいだ。いつもは犯人がどんなやつか見てみたいと思う。けど今だけは見たくないな。どんどん怖くなってくる。そうだ、あいつに電話しようかな。やっぱ誰かと話してた方が落ち着く気がする。夜は無理って言われたけど、もしかしたらってこともあるかもだしね。出ないだろうけど。

 静かな住宅地に携帯の呼び出し音が響く。


 「はい、もしもし。」


 え、出た。完全に予想を裏切られて一瞬声が出なかった。どうしたんだ。電話に出てくれたことは素直に嬉しいし助かるけど、これはなんか違う気がする。


 「もしもし?どうしたんだ、こんな時間に。」

 「よ、よう。いや勉強してんのかなって電話したんだけど。まさか出るとは思わなかったというか、驚いたというか。」

 「なんだ、そんなこと*。俺はいつも通り勉強し**ぞ。要*はそれだ**ったか?」

 「え、あー、うん。そうなんだけど。お前今家にいるんだよな?」

 「もちろ*そうだ**。こんな時**夜道出歩くわけ**だろ。もし例の殺人***ろされたらどう****?」


 なんだ、さっきからあいつの声が何かの音にかき消されてるみたいで上手く聞き取れない。あいつは家にいると言っていたが、ヒューヒューとまるで風の音が電話の音に入っているようにも聞こえる。


 「悪い、なんか途切れ途切れ風の音みたいなのが邪魔して上手く聞き取れない。けど家にいるんだよな。窓でも開けて勉強してるのか?」

 「あ、そうだね。風の音ね。聞こえちゃってたか。あ、いや、でも本当に家にいるんだ。そう、窓をね、開けたままだったから。何も気にすることはない。じゃあ俺は勉強あるからじゃあな。」

 「あっ、ちょっと待っ」


 一方的に電話を切られてしまった。

 なんだあいつ。普段より若干ではあるがなんかテンションが高かった気がするし、声が焦ったような先走ってるようにも聞こえた。大丈夫か。勉強のしすぎで頭がやられたか。

 あれから何度か電話をかけてみるが、再びあいつが電話に出ることは無かった。また試しにメッセージも送ってみるとすぐに既読にはなったが待てども返信は来なかった。

 変なやつ、絶対勉強のしすぎだろ。明日はなんとしても遊ぶ約束を取り付けてやるか。



 よーし、ミッションコンプリート。無事に夜食を手に入れることに成功したぜ。やっぱ神様はいたんだな、あとは来た道を戻っていくだけだ。やっぱり殺人鬼は消えたのかもしれないな。この調子で休校も外出自粛も無くなれば、またあいつと学校に行けるかもな。学校終わりに一緒に自習室で勉強したり、帰りに飯行ったり、映画観に行ったりできるよな。そうだ、あの漫画の新刊も出たんだった。あいつ誘って立ち読みに行くのもいいな。殺人鬼さえいなくなればまた今までみたいにこれからも一緒に遊べるのにな。日本の警察よ、頑張ってくれたまえ。

 そんなことを考えて誰もいない先に向かって1人敬礼をしてみた。


 「いやあ“ーーーーーーーーーーーーーー!!」


 突然声が響いた。それまであった静寂を突き抜け引き裂いたのは女性の悲鳴だった。


 「だ、誰か、誰か助けて!やだ、来ないで、こっち来ないで、なんで。誰かいないの!?助けて、殺される!!いや、いや、やめて!なんで、わた、し、が。最近は、誰も、誰も殺されてなかったじゃん!皆んな、ジャックは消えたって、もう誰も殺さないって、皆んな言ってたのに!なんで、どうして、私が、私がこんな。」


 半分狂人じみたその声は誰もいない道に響き続く。誰かに救いを求めながらも、誰かも分からない『皆んな』という誰でもない存在の言うことをいとも簡単に信じ、鵜呑みにし、結果こんなことになったことすらもその『皆んな』という存在のせいにする。その言葉は果たして命乞いと呼べるだろうか。もっと醜い何かではないか。人間の醜い最後の悪足掻きではないか。そして、そんな悪足掻きでは目の前の殺人鬼は止まらない。一歩、また一歩とその女性に死が近ずいていった。


 「え?」


 丁度角を曲がったと思ったら、前から女の人の叫び声が聞こえてきた。電灯の下に女の人が尻餅をついて何かに怯えてながら持っているバッグを振り回しているのが見える。その人の見ている方向には電灯の光が届いてなく、よく見えなかったがそこには確かに人影があった。『日本の切り裂きジャック』ここしばらくずっとニュースで見た言葉が脳に浮かび上がってくる。鼓動が上がる。ドクンドクンと血が体を力強く流れていくのを感じる。

 殺人鬼はゆっくりと、だが確実に女性へと近づいていく。女性は腰が抜けてしまったのか、走って逃げようとしない。ただただ何を言っているのか分からないほど泣き叫んでいた。段々と殺人鬼の体が電灯の光に照らされていく。

 動けない。殺人鬼を、恐怖を、死を目の前にして僕は動けなかった。何もできない。女の人を助けにいくことも、声を上げることも、警察に通報することも。目の前のこれから起きる惨劇をただ見ることしか許されなかった。瞬きもせずに、その凄惨な場面を見ようとひたすらに目を凝らす。そして驚愕する。目の前に殺人鬼として映るその人物に僕は心臓を撃ち抜かれたような錯覚を受けた。


 「やめろ!!!」


 絞り出されたその声は恐怖の象徴たる殺人鬼にも届く。


 「なっ!なんで、お前が……」


 殺人鬼は、あいつは走り出した。フードをかぶっていたし、薄暗くはっきりと顔が見えたわけではない。ただ、絶対に見間違えるはずがない。僕にはわかる。あれは、殺人鬼は、『日本の切り裂きジャック』は、僕のたった1人の親友だ。


 走ってゆく殺人鬼を、いやあいつを僕は追いかける。ここでお別れはダメだ。ちゃんと話さないといけないことがある、聞かないといけないことも山ほどある。ここで逃しちゃいけないんだ。走る。走る。走る。どうしてこうなった、頭の中でそんなどうしようもない堂々巡りばかりしている。体が重い。足が上がらない。運動不足というのもあるがこの体の重みはそれだけではない。色んな考えが、色んな感情が、色んな思いがぐちゃぐちゃに絡まり合って固まり、走るこの体にのしかかる。初夏の暑さに当てられた体はより一層、熱く燃えていく。


 「待て、待てよ、おい。聞こえてんだろ、気づいてんだろ。頼むから止まってくれ!!逃げんな、お前俺にかけっこで勝てたこと一度もなかったろ!待てよ!!」


 殺人鬼は何も答えなかった。ただ走って逃げて。走って逃げて。走って逃げて。逃げ続けた。


 「はあ、はあ……。よう…やく、逃げんの、やめたか。お前、ずっと俺の声無視しやがって。なあ、ちょっと話を…」

 「話だって?今更何を話そうっていうんだ。話すことなんて一つもないだろ!」


 悲しそうな声で僕の言葉に被せてくるように叫んできた。その目には涙が浮かび、頬にも涙のあとが残っている。走りながら泣いていたのか。


 「ほら、警察でもなんでも呼べよ。そうだよ、俺があの連続殺人事件の殺人鬼さ。お前も見たんだろ。俺が人を殺そうとしたところを。なあ、見たんだろ!!」


 声を張り上げて言った言葉は怒りそのものだ。僕に殺人を邪魔されたことに対してではなく、多勢を殺し、そして人を殺す現場を友達に見られたことによる己の愚かさに対しての怒りだ。


 「なんとか言えよ!なあ。目の前にいるのは10人以上も人を殺してきた快楽殺人者だぞ。憎いだろ、気持ちが悪いだろ、死んでほしいと思ってんだろ!言葉のかぎり罵倒してみろよ!!」


 さらに大声で叫ぶ。僕には分からない。どうして…。


 「どうして、そうなる。どうしてそんなことを言うんだよ。僕は別にお前を罵倒したりなんかしたい訳じゃない。」

 「じゃあなんだ?俺を哀れみにここまでわざわざ追いかけてきたって言うのか?人を殺すことでしか満たされない、異常な俺に憐憫の情を覚えて走ってきたとでも言うのか!」

 「違う違う違う。僕はそんな風に思ったわけでも、そんなことをお前に言うために追いかけたわけじゃない。」

 「じゃあなんだ。そうか、そうだな。自分を保つために人を殺さないといけないような俺がお前には面白いんだろ。面白くておかしくてたまらないんだろ。そうだ、絶対そうだ。」

 「だから、どうしてそうなる!!僕はお前と!」

 「話にきたって?何を?そんな言葉を俺が信じると思うか?もういい、お前と話すことなんか一つもない。」


 そう叫び、どこに隠し持っていたか分からないナイフを取り出し手に持つと、まさに殺人鬼の笑顔を浮かべた。僕はこいつに殺されるのか?ダメだ、まだ何も話せちゃいない、まだ何も教えてもらえてないんだ。まだ僕は死ぬわけにはいかない…………。

 いや、違う…それはもっとダメだ!!

 僕はそいつに飛びかかる。それと同時に。


 「じゃあな!」


 そう言って、そいつは手に持ったナイフを自分にむけ首を突き刺した。

 グサっと鈍い音が小さく聞こえ、遅れて痛みが神経を伝達する。

 そして地面に赤色が落ちていった。


 「やっぱりな…お前は、そうするって、自分を殺そうとするって分かってたさ。」

 「なん、で…」

 「なんでかって…?それは、お前が僕の…一番の友達だからだ。」


 僕の腕にできた傷からは意外にも出血は少なかった。応急処置だが、持っていたハンカチで傷を押さえる。

 その間、僕の友達はナイフを持ったまま、その場に座り込んでいた。


 「落ち着いたか?」

 「え……………………あぁ、うん。」

 「じゃあ今度こそ話をしよう。」

 「話すって何を?」


 そうだな、知りたいことは沢山ある。けどまず聞きたいことは。


 「さっき言ってた、人を殺すことで満たされるってどう言うことだ?」

 「最初の質問がそれか。ならこの答えでお前は満足しそうだな。端的に言えば、それが俺の全てなんだ。共感されるとは思ってないし、されたいとも思わない。俺は他の殺人鬼と一緒。殺害衝動が昔からあった。人間の内臓が小さい頃から好きだった。美しいと思っていたさ。そして3ヶ月前、俺は若い女性で初体験を経験した。人間を自らの手で殺した初めての経験だ。誰でも良かったから、学校帰りの電車で近くに立っていた彼女を狙った。内臓が見たかった俺はナイフは使わず、背後から襲って気を失わせて拉致したんだ。それで目を覚めるのを待ってから首を絞めて殺した。そしたらどうだ。彼女は初め、手足を動かし始めた。恐怖一色に顔を染めて抵抗しようとしたんだ。俺はそれを力づくで抑え首を絞める手に力を込めた。軌道が圧迫されたのか、口からはヒューヒューと音を鳴らし、目は完全に見開き、そして最後に体を痙攣させながら失禁し、息たえた。俺はその姿に今まで感じたことのない胸の高なりを覚えた。そうだ、俺は人間の命が剥がれ落ちていく時の、人間の生への執着で歪んでいく姿に興奮するんだ。それからは早かった。一度経験してしまった快楽を我慢するのは難しい。あんな思いを一度でも味わってしまったらもう元には戻れない。1人、また1人と殺していった。ちなみに殺した相手全員の腹は裂いたが、死の間際の表情に比べたらもう何も感じなかった。これが殺人で満たされると言ううことの真実さ。」

 「それは。それはあまりにも…。」

 「あぁ。言うな、その先はもう分かる。お前らはただ運が良かったんだ。俺みたいな人間とは違って極めて正常なお前らは本当に運が良い。それで他に聞くことは?」

 「なあ、どうして…そんなになるまで。僕に相談とかしてくれれば、もしかしたら…。いや、やめておこう。」

 「そうだな、そんなことを今更言ったって何も変わらない。俺はお前の友達だったが俺だってお前を友達だと思ってたんだ。だから、だな。」

 「………………。」

 「初めからこうなるって決まってたんだ。きっと。俺は中身が元々化け物で、俺自身も化け物だったことに気づくのが遅かったんだ。だから気づいた時には全て手遅れだった。俺も、俺とお前との関係も。」

 「そうか……。」

 「そうだ。」

 「なあ自首、しないか?死刑になるかもしれないけど、これ以上お前がそれに振り回されて大事なものも全て失うよりはマシだと…思う。」

 「自首か。考えなかった訳じゃない。ただ。そうか。自首か。お前に言われるとなんだかそうしたほうがいい気もしてくる。」

 「そうか、じゃあ今から一緒に。」

 「いや、自首はするが警察には行かない。頼む、お前が俺を通報してくれないか?俺は殺人鬼なんだ。」

 「分かった。お前がそれを望むなら。良いんだな。110当番するぞ。」

 「ああ、頼む。最後にお前に会えて良かったよ。ありがとう、親友。」

 「おう。」



 「もしもし、あの例の殺人事件のことで。はい。連続殺人犯の情報を。いいえ、違います。いたずらなんかではないです。だって犯人は僕のしん…ゆ……ぅ」



 「ありがとう、本当に最後にお前に会えて良かったよ。さっきお前の腕を刺した時感じたんだ。痛みに耐えるお前の顔を見て、ああお前を殺してみたいって。ああ、良い表情だ。血が止まることなく流れ続いていく。とても綺麗だ。あっ、これは……初めてだ。人を殺して俺にこんなものが流れるなんて。自分にとって大切な人間を殺すのはこんなにも……。」



 初めてみたよお前のそんな顔。そんな嬉しそうな顔してるくせに泣いてんじゃねーよ。いつも辛そうな顔で勉強していたのは何かに没頭していないと欲求が抑えられなかったからだよな。知ってたさ、お前が勉強が好きじゃないことくらい。お前はガリ勉でもなく、化け物でもない。お前は俺の親友だ。だからさ、自分を否定しなくていい。自分を卑下しなくていい。運が悪かったなんて、お前のその苦しみ、辛さ、悲しみ、全ての感情をそんな一言で済まそうするな。僕も最後にお前のそんな姿が見れて…良かった、よ。ありがと…う……………。

 

 





 


 



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