最後のつよがり
あの夏、彼女に恋をしたんだ。甘くて切ない恋だった。
ずっと彼女と幸せでいられると思っていた。
夏の恋、そして季節が変わってもボクたちは変わらなかった。
このまま永遠を誓えるはずだったのに、時間の経過って残酷だね。
いつしかお互いの気持ちがすれ違ってしまった。
水色の街でボクたちはサヨナラしたんだ。
「ねぇ、何食べようか?」
綾子が楽しそうに聞いてきた。
ボクの最愛の人であり、生涯をかけて守るべき女性だ。
あの夏の恋から7年経っていた。ボクは別の人と結婚して幸せになっていた。綾子を誰よりも愛していた。
ショッピングモールで買い物をして綾子とお昼ご飯を食べようとした。
「そうだなぁ、ラーメンが良いなぁ」
「またぁ?貴方はラーメンばかりね。でも、まぁ良いよ」
「ごめんよ。今日は綾子が好きな物を食べよう」
「じゃあ、パスタね。決まりね!」
こんな何気ない会話がたまらなく幸せだった。
ボクの視線が遠くに何かを感じていた。
気にせず歩いていると、その何かはボクの脳裏にハッキリした影を落とした。
忘れたはずなのに、忘れようと苦しんだ末にやっと思い出にできた夏の恋だったのに……
7年ぶりに彼女と偶然会うことになるなんて。
ショッピングモールの通路で向こうから彼女が歩いてくる。このままだと、すぐそばですれ違う。
ボクは何ともないさ。とっくに別れた彼女だ。自分に言い聞かせる。
7年ぶりだけど当時の面影は残っていたから、すぐに分かったんだ。ゆっくり歩く独特のペースも変わっていなかった。付き合っていた頃は二人のペースが合わなくて苦労したっけなぁ。
モールの通路を歩いていると、徐々にボクと彼女の距離が詰まる。そして、すれ違う瞬間、偶然彼女の肩がボクに軽く触れた。間違いなく偶然に。
「ごめんなさい」
7年ぶりに聞いた彼女の声だった。
「いえ、こちらこそすみません」
ボクたちが交わした会話はこれだけだった。
彼女の隣にはイケメンの男性がいた。
「妻が失礼しました」
とても紳士的で素敵な男性だった。
彼女は幸せな顔をしていた。本当に良かった。
このまま知らないフリでいいんだ。
だって、ボクには綾子がいる。ボクを愛してくれる人がいる。ボクも綾子が大好きなんだ。
「ねぇ、お腹すいたね。沢山食べようっと」
綾子と二人でパスタを食べた。
あの夏に出逢った恋は永遠に思い出になったんだ。
二度と目覚めない夢になったんだ。
これは最後のツヨガリなんかじゃない。
でも、ボクは知らなかったんだ。
通路ですれ違った後、彼女は振り返ってボクを見ていた。
神様だけが知っていた。