第五話 何色でもない花/舞い降りた女神の残響
俺は、その時、女神が舞い降りてきたのかと思った。
それは歌番組の企画だったのだが、地方の古い教会でパイプオルガンの演奏にあわせ、
絵葉リリスがクラッシックの名曲『アヴェ・マリア』を歌った時のことだ。
まるでアイドルとは思えない厳格な歌声と歌唱力。そして聖母マリアをイメージした衣装を纏い、幻想的に美しいビジュアルを魅せているリリス。
本番が終わった後、リリスは十六歳の女の子の表情に戻り、
「どうでした。滅茶苦茶、緊張したんですけど、上手くできてましたか?」
マネージャー氏は両手を叩きながら、
「いやあ、良かった。凄いよ、リリスちゃんの表現力は!」
と、大袈裟なほどに褒めている。
そんなリリスを付け狙っている変態野郎がいるらしい。だから俺はリリス一人の警護のために、地方までついてきたのだ。
その変態野郎は建物の壁に、よじ登り、音もなく窓を破壊して室内に侵入するプロフェッショナルの変態だ。
今夜は、リリスとマネージャー氏は、この地方都市のホテルに宿泊する予定になっている。
当然、俺も同じホテルに泊まり、リリスの警護をすることになっていた。
ホテルにチェックインすると、リリスは早々に部屋で就寝したのだが、
「どうですか。今夜は二人で飲みませんか。不審者も、このホテルなら大丈夫でしょう」
と、マネージャー氏。そういえば、俺はマネージャー氏とは仕事の連絡事項くらいしか話もしたことがなかった。
「そうですね。今夜くらいは」
と、俺はマネージャー氏と二人で、ホテルの最上階にあるバーに入った。
そのバーではマネージャー氏はビールを、俺はウイスキーの水割りを飲みながら、
「なんで、マネージャーさんは歌ダ41のマネージャーになったんですか。大変でしょう」
「まあ、大変は大変ですが、僕は元々は子役だったんです」
「そう言われれば、ドラマで見たことがありますよ『南の国から』にでていましたよね」
「お恥ずかしい。それで大人になってからも俳優業をしていたんですが、サッパリ売れず」
「はあ」
「それで、僕は子供の頃から芸能界しか知らないもので、そのままプロダクションに残ってマネージャーに転身したんですよ」
「そうだったんですか。人生、色々ですね」
その後も、俺は三十分ほどマネージャー氏と飲んでいたのだが、急に嫌な予感を感じて、
「そろそろ、仕事の時間かな。変態野郎が近くにいる気がする」
と、俺は席を立った。マネージャー氏は驚きながら、
「なぜ、それが、わかるのですか?」
「勘です。プロ特有の直感ですかね」
バーを出た俺はエレベーターに乗り、一階に降りる。
実は俺は、変態野郎のことを調べ尽くし、顔も性格も行動パターンも、すべて把握していた。
ホテルの裏に行くと、その変態野郎が大きな鞄を抱えて立っている。その鞄には、ホテルの部屋に侵入する道具が入っているはずだ。
「俺の直感は、大当たりだな」
「僕は、な、何もしてないよ」
クルリと背を向けて、変態野郎は早足で歩き出したのだが、
俺は非合法ボディガードである。問答は無用だ。
「お前に、女神に近づく資格はない」
ドオォン!
俺は変態野郎の背中を、大型のリボルバー拳銃で撃ち抜いた。