第二話 誰かの願いが叶うころ/アイドルたちの残像
俺が警護する『歌ダ41』は、その名の通り、宇多田ヒカルのカバー曲をパフォーマンスするアイドルグループで、メンバーは四十一人の大所帯である。
この時代、アイドル業界はAI生成の『AIアイドル』が旋風を巻き起こしていたが、
歌ダ41は『生身のアイドル』をコンセプトとして、小規模なイベントや握手会など、ファンとの距離が近い『近距離戦略』を中心に活動していた。
この日も握手会があり、俺が会場で準備の手伝をしていると、
「お疲れ様でーす」
と、十六歳のメンバー、絵葉リリスが声を掛けてきた。リリスは人懐っこい笑顔を見せて、
「今日は裏方さんの応援ですか?」
「そう、人手が足りないみたいで」
「少し先の話なんですけど。私たち今度、ネオ・ドームでのコンサートが決まったんです」
ネオ・ドームは野球場だが、人気アーチストのライブも頻繁に行っていた。収容人員は六万人。
「おめでとう。でも忙しくなるね」
「チャンスなので、頑張ります!」
リリスは十六歳という年齢ながら、完璧なルックスと人を魅了する歌声を持っている。リリスなら、この先も芸能界で成功し続けるだろう。
だが、そんなリリスが、
「でも、私たちって、どこまで需要があるのかな。AIアイドルのほうが、可愛いし、完璧だし……」
と、不安な内心を口にした。確かに、そうだろう。AIアイドルは何でもできるし、それに人としての人権もない。
この時代、すでにアダルトビデオ業界では、全ての出演者がAI女優になっていてた。
そして全てのコンテンツにおいて、現在は生身の人間が出演するポルノは違法だ。
昨今の時代の流れは激しく速い。その激流に押し流されて、彼女たちも、いつはかは消え去るのかもしれない。
「皆さん、時間です!」
スタッフの一人が声を掛けると、
「じゃ、行ってきます!」
と、リリスは元気な声で、表舞台へと走って行った。
はたして、エンターテイメントの世界の全てが、AIに取って代わられる日は来るのだろうか?
だが、それは今日ではない。明日でもないだろう。
目の前を見れば、この握手会には、ファンたちの長蛇の列ができているのだから。
俺は会場の裏手で、そんなことを考えていたのだが、その時、歌ダ41のマネージャー氏が近づいてきた。そして小声で、
「絵葉宛に、しつこく脅迫状を送りつけて来る奴がいるんですが」
「わかりました。対応しますよ」
「いつもの様に、お願いします」
マネージャー氏が言う『いつもの様に』とは、その人物の事を調べ、特定して殺すということだ。
それが非合法ボディガードである俺の仕事だった。
歌ダ41のメンバーを守るために、俺は闇に紛れて『奴ら』を殺す。俺が引き金を引くたびに銃声が響き、人が死んだ。
俺の今いる世界では、建前は通用しない。
完璧にアイドルを守るためには、合法的な警察は役に立たない。それは過去に起こった数々の事件が証明している。
だから俺のような男の暗躍が必要なのだ。
その夜も、俺はターゲットに忍び寄り、銃口を向ける。
ドオォン!
俺の握る大型のリボルバー拳銃は、倫理なき銃弾を発射した。
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