第十一話 Can You Keep A Secret? 最強の殺し屋
「ちょっと、あなた。私に何か奢りなさいよ」
夜の街を歩いていると、突然、美人刑事の夏平美雪に声をかけられた。
「何ですか。もしかして逆ナンパ?」
「違うわよ。あなたバカじゃない!」
夏平刑事は、そう言いながら俺の腕を強引に引っ張って、居酒屋『甚兵衛』へと引きずり込む。
僕はビールを、夏平刑事は焼酎のロックと焼き鳥を注文した後、彼女は小声で、
「いきなりだけど、海外から凄腕の殺し屋が入国したらしいのよ」
「芸能プロダクションのバイトの俺には関係ない話ですよ」
「でも、どうやら国内の殺し屋の命を狙っているらしいわ。あなたの事じゃない?」
「だから、俺は、ただのバイトです」
「ふーん。そう、ただのバイトねえ」
夏平刑事は俺の顔をジロジロと見ながら、
「でもね昨日、捜査してた刑事が一人、殺されたのよ。十分に気を付けてね。バイト君」
ここで若い男性の店員が、
「お待たせ致しました」
と、ビールと焼酎、焼き鳥を運んできて、一旦、会話は途切れたのだが、店員が行った後に、夏平刑事は焼酎を飲みながら、
「その殺し屋は日系人で、通り名は『石男』というらしいわ。あなた知っている?」
「知っているわけないでしょう」
俺もビールを飲みながら、そう答えたが、実は『石男』とは因縁の深い間柄だった。奴は俺を追ってヨーロッパから来たのだろうか。
「まあ、何でもいいけど、気を付けるのよ。私は、まだ捜査があるから」
と、夏平刑事は焼酎のロックを一気飲みして席を立った。
これは過去の話だが、俺はヨーロッパの裏社会の殺し屋だった。そして、いつしか『ヨーロッパ最強の殺し屋』と、呼ばれていたのだが、
その俺をライバル視していたのが、凄腕の殺し屋・石男だ。
ヨーロッパの裏社会では、俺と石男のどちらの腕が上なのと話題になり、石男は、俺に決闘を申し込んで来た。
しかし俺は、石男を恐れてヨーロッパから逃げ出し、故郷である、この街に帰ってきたのだ。
帰郷した俺は、真面目に働いて暮らそうとしたが、なかなか仕事がみつからず、結局はアイドルグループ『歌ダ41』の非合法ボディガードをすることになる。
そして、夏平刑事から石男のことを聞いた翌日。俺のスマホに情報屋の番号からの着信があり、
「何か、あったのか?」
「私だよ、わかるか?」
その声は、間違いなく石男のものだった。
「い、石男。お前どうして?」
「あのオッサンは、殺したよ」
石男は冷酷な殺し屋だ。俺との繋がりがあるというだけで、情報屋を殺害したのだろう。
「今さら俺に何の用があるんだ?」
「最強の殺し屋を決める決闘だよ」
「俺は、お前のことが怖くて逃げ出したんだ。石男、お前が最強だ。それでいいだろう」
「裏社会の連中は、そうは思わない。お前が引退した後、私が好き勝手に吹聴していると、奴らは思っている」
「そんな事は、今の俺には関係ないんだ。決闘なんて受けないぜ」
「ならば私は、お前の警備しているアイドルを殺す。彼女たちを守るためには、お前は私を殺すしかない」
「止めろ、彼女たちは関係ないだろう」
「私たちの銃弾には倫理はない。そうだろう」
そう言って、石男は電話を切った。