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今日もお手軽、晩ごはん

海鮮丼の作り方

作者: 曲尾 仁庵

 こんにちは。

『今日もお手軽、晩ごはん』、司会の神楽坂文四郎です。毎日食べる晩ごはんに、いつもと違うささやかなサプライズをお届けいたします。本日もどうぞよろしくお願い致します。


 さて、今日のテーマは『海鮮丼』。近場の小旅行でちょっとした贅沢を楽しむときの定番メニューですね。しかしなかなか、外食はしても家で作るのは……という方も多いのではないでしょうか? そんな近くて遠い海鮮丼のイメージを根底から覆す、お手軽レシピを今日はご紹介いたします。まずはいつものように材料を見てみましょう。安心してください。今回は国内です。




【材料(3~4人前)】

 サーモン 150g

 イクラ 60g

 ホタテ 100g

 エビ 100g

 イカ 150g

 醤油 小さじ4

 酒 小さじ2

 出汁 小さじ2

 ショウガ 一片

 ごま油 少々

 白ごま 少々

 ごはん 適量

 恐怖に立ち向かう心 適量

 生命への畏敬 適量

 未知への好奇心 適量




 それでは実際に、私と一緒に作ってまいりましょう。


一、サーモンとイクラを調達する


 まずは何を置いても北海道へと向かいましょう。飛行機なら新千歳空港へ、陸路ならヒッチハイクがおすすめです。なんらかの事情でどちらも難しい場合は津軽海峡を泳いで横断してください。その場合は誤って漁船に救助されないよう細心の注意を払ってください。必要もないのに救助されると、おそらく今あなたが考えている百倍ほど恥ずかしい思いをします。

 無事に北海道の地を踏んだら、斜里町にある岩尾別川を目指しましょう。岩尾別川は鮭が遡上することで有名な自然遺産です。冬眠前の熊が鮭を狙って川で待ち構えていますので、背後からこっそり近付いて熊が仕留めた鮭を奪いましょう。我々素人が遡上する鮭を捕まえることなどできません。鮭の捕獲は熊に任せ、その成果だけを手にするのが万物の霊長の正しい姿です。

 川を大きく迂回し熊の背後に回ろうとすると、「何をしている。死にたいのか!」と鋭い制止の声が掛かりますので驚いた様子で振り向きましょう。そこには猟銃を抱えた一人の老人が立っています。彼はこの場所でずっと猟師をしてきた男ですが、数年前から熊だけを専門に狩る通称クマハンターになっています。老人は冬眠前の熊の恐ろしさを切々と語りますが、ここで説得されては海鮮丼に辿り着くことはできません。強い心で海鮮丼を食べたい気持ちを訴えましょう。「海鮮丼に命を賭けるというのか」と老人は驚愕しますが、「はい」と断言します。ここでぶれてはいけません。本気が伝わらなければ老人に追い返されてしまいますよ。

 情熱で老人を無事圧倒できたら、老人はやむを得ず協力を申し出てくれます。丁寧にお礼を言って、鮭を獲るのが最も上手な熊を探しましょう。おそらく見つけるのは簡単です。川にいる熊の中でひときわ体が大きく、冬眠には明らかに過剰な数の鮭を機械のように捕獲している個体がいることにすぐに気付くことでしょう。老人は「あれだけはやめておけ」と言いますが、右から左に聞き流して熊の背後に回ります。業者のように鮭を獲る熊は隙だらけです。山と積まれた鮭の中から一匹を拝借するなど容易い――


――グオォォォーーーー!!


 三メートルほどの距離まで近づいたとき、突如熊は振り返って威嚇の声を上げます。その目に睨まれれば最後、もはや逃げることもかないません。恐怖に足をすくませてガクガクと震えましょう。野生の熊を利用し、出し抜こうとした人間の浅知恵を悔やむ以外に我々にできることはありません。万物の霊長とは所詮その程度です。熊が距離を詰め、その大きな右手を振りかぶり、そして。


「花子!」

――パンッ!


 老人の悲痛な叫びと銃声が重なり、熊はゆっくりと地面に横たわります。老人は苦い表情で熊の傍らまで歩み、そして熊が左手に持っていた麻紐を見て目を見開きます。


「毎年、正月に新巻鮭を届けてくれていたのは、お前だったのか……」


 老人は地面に膝をついて涙を流します。そう、この熊は、老人が子供のころ、森でケガをしていた子熊を助け、花子と名付けて可愛がった、まさにその熊だったのです。共に過ごしたのはほんの数週間でしたが、老人と花子はそのとき、確かな絆を育みました。しかし花子は森へ帰り、やがてこの岩尾別川周辺のヌシとして成長しました。老人もまた父の生業を受け継ぎ猟師となりました。そして残酷な運命はふたりを敵同士として再びまみえさせたのです。ヌシとして花子は自然と野生動物たちを守り、老人は観光資源と漁業を脅かす害獣と戦ったのです。そしてその戦いは今日、幕を下ろしました。内地からやってきた海鮮丼を食べたいだけの旅行者による愚かな行為を引き金にして。

 花子は子熊のような優しい目で老人を見ると、ゆっくりと目を閉じます。老人は花子の遺骸に縋って泣き続けています。老人の背に手を当てもらい泣きをしましょう。ここで涙を流さない輩に海鮮丼を口にする資格はない。

 老人が泣き止むころには日が暮れかけています。老人は猟師を引退し、花子の霊を弔って生きる決意を語りますので黙ってうなずきましょう。川原近くに穴を掘って花子を埋葬した後、老人は別れを告げ、寂しげな後姿を残して去っていきます。その背を見送り、花子が獲った鮭の中でもっとも立派なものを選りすぐって持ち帰りましょう。万物の霊長とは己の欲望のために情愛も道徳も打ち捨てて恥じない者の名です。




二、ホタテとエビを調達する


 サーモンとイクラが調達できたら、ホタテとエビを手に入れましょう。その辺の道端に落ちています。なにせ北海道ですから。




三、イカを調達する


 サーモン、イクラ、ホタテ、エビをクール宅急便で自宅に送った後、胸に去来する様々な思いを封殺して北海道を後にし、神奈川県横須賀市に向かいましょう。国立研究開発法人海洋研究開発機構を訪れ、受付で海鮮丼への愛を語ります。おそらく「何を言っているんだこいつは」という顔をされますが挫けてはいけません。当然通報されそうになりますので、それを回避するだけの会話術が求められます。うまく言いくるめて『深海6500』の管理担当者への面会にこぎつけましょう。

 管理担当者を引きずり出すことに成功したらもうこちらのものです。海鮮丼を作るのに必要だから、という理由で『深海6500』に乗せてくれることは絶対にありませんので、ここはもっともらしい嘘で善良な管理担当者を騙しましょう。自分は内閣調査室のエージェントで、今は国家の極秘任務を遂行中である。その任務には深海の調査が不可欠なためぜひ協力してほしいとでも言ってください。不審感を覚える間もないほどにまくしたてると案外うまくいきます。事前に偽造した身分証を用意する必要がありますので、デジタル技術に精通しておくと便利です。

 『深海6500』への搭乗許可を勝ち取ったら、噓が露見する前にすぐに深海に挑みましょう。極秘計画であることを強調してくれぐれも関係機関への照会を行わないように徹底してください。

 『深海6500』は光射さぬ無音の深海をゆっくりと沈んでいきます。ここで「俺、いったい何をやってるんだろう」と我に返らないよう注意してください。もはやいろいろ違法ですので、後悔しても後の祭りです。せめて本懐を遂げることに今は注力してください。

 しばらく深海の景色を楽しむと、やがて「どんっ」という音がして船体が大きく揺れます。操縦士が焦りと共に「状況を確認しろ!」と叫びますが落ち着いてください。単にダイオウイカに襲われているだけです。全長十メートルに及ぶ長大な触腕で『深海6500』を絡めとっていますが、ここは冷静に操縦士から操縦桿を奪い、超振動ブレードの発動ボタンを押します。『深海6500』には未知の狂暴生物への備えとして超振動ブレードが標準装備されている、ということは100%ありえませんので、搭乗前にこっそり船体を改造しておく必要があります。重量や船体のバランスが崩れると生死に関わりますので慎重な改造を心がけましょう。

 マニピュレーターを操り超振動ブレードでダイオウイカの触腕を切り落とし、ひとまずその腕から解放されましょう。ダイオウイカは再び触腕を伸ばしてきますが、超振動ブレードの敵ではありません。適度な大きさに切って後でゲソ天にしましょう。

 しばらく戦いを演じると、やがて不利を悟ったダイオウイカは逃げ出します。追いかけて捕獲したいところですが、最初に受けた船体へのダメージと、超振動ブレードによって消費されたエネルギーは無視できるものではありません。このままでは地上に帰還することができなくなりますので、泣く泣くイカは諦めて浮上を開始しましょう。イカはスーパーでも買えますが、死んでしまっては仕方がありません。浮上には二時間半ほど掛かりますので、悔しさを嚙み締めつつ涙をこらえましょう。

 もうすぐ地上に生還する、というタイミングで、再び大きな揺れが船体を襲います。またダイオウイカが!? と操縦士がうろたえますが、違います。モニターに映るその姿はまさに海の悪魔、大海原の覇者クラーケンです。つまりタコです。今回の目的はたこ焼きではないのではずれです。舌打ちをしながら再び操縦桿を奪い、超振動ブレードの発動ボタンを押そうとして、エネルギー残量がもうないことに気付きましょう。『深海6500』は調査船ですから、超振動ブレード以外に兵装はありません。超重力波動砲も付けなかった昨夜の自分を恨みながら奥歯を噛み締めましょう。もはや万事休す。クラーケンの目が嘲笑うようにこちらを見つめます。

 すると操縦士が深海から急浮上する一つの影をレーダーに認めます。その影はすさまじいスピードで迫り、クラーケンにその巨体をぶつけます! クラーケンはたまらず『深海6500』を離しますので、その隙に全力で浮上しましょう。よろよろと浮上する船体から見下ろすと、クラーケンと死闘を演じる者の正体を見ることができます。それは、二本の触腕を失ったダイオウイカ――先ほど深海で戦った、あのダイオウイカです。


「おまえ、どうして――?」


 そう問うあなたにダイオウイカは一瞬だけその目を向けます。


――お前はオレのライバルだからな


 彼の目は少し照れたようにそう語っていました。あなたはモニターに張り付き、自分でも分からない言葉を叫びます。ダイオウイカはクラーケンをがっちりと捕え、深海へと沈んでいきます。深く深く、悪魔を二度と地上に現れさせないように。

 地上に帰還して数時間後、海面にふたつの姿が浮かび上がります。赤黒く広がる大ダコと、白く月光に透き通るダイオウイカです。小舟でダイオウイカに横付けし、そっとその触腕を手に取って空を仰ぎましょう。彼は確かに強敵(とも)でした。


 さあ、イカも手に入って材料はそろいました。国立研究開発法人海洋研究開発機構の皆さんに別れを告げ、手早くその場を去りましょう。指紋や髪の毛等、あなたを指し示す痕跡をすべて消去することを忘れずに。小さな油断があなたの未来を想わぬ形で損なうということを常に意識しておきましょう。

 北海道から送ったクール宅急便が届いたら、いよいよ海鮮丼作りに取り掛かります。ここにたどり着くまでに重ねた数多の犠牲に思いをはせ、おいしい海鮮丼に仕上げましょう。今までの試練をすべてクリアしたあなたなら容易いことです。




四、海鮮丼を作る


 とりゃって混ぜたたれをビャッてやってむーんって漬けてせーのってのっけてばーんってやります。




 ほら、あっという間にできあがり。簡単ですね。




『今日もお手軽、晩ごはん』、本日は海鮮丼に挑戦しましたが、いかがでしたでしょうか? 海鮮丼の美味しさの裏側にある深い悲しみと自然の厳しさがお判りいただけたと思います。今日からは海鮮丼を食べる前にこの世のすべての生命を称える祈りを月に捧げてみようかな、なんて思っていただければ幸いです。


 明日の『今日もお手軽、晩ごはん』は、子供に人気ナンバーワン、ハンバーグをお送りします。一頭の仔牛が交わした少年との約束、美しい姉に迫る悪徳領主の魔の手、玉ねぎを切る姉の目に浮かぶ涙に、少年は宇宙を手に入れることを決意した――壮大なスペースロマンを是非、ごらんください。

 それでは明日もこの時間にお目に掛かりましょう。さようなら。


こんなドラマを背負っているから、海鮮丼は美味しいんだね。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか海鮮丼にこんな物語が秘められているとは……! いい話めっちゃ多いのに笑えてしまう。ごめん花子、笑っちゃって……(涙) 面白かったです!
[一言] 初級英会話といい、牛丼と言い、どんだけドラマ重ねるんですかww
[良い点] 明日が来た!wwwwww  ○○の作り方第二弾、今回も大いに笑わせいただきました! ごちそうさまでした〜♪ [一言] ダイオウイカ、イイ奴だなぁー(ホロリ)
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