姉が魔女なら……
さあどうぞ、おかけになって。
紅茶はお好きでしたでしょう?
いい茶葉が手に入りましたのよ。
心が落ち着く香りでしょう?
気に入っていただけてよかったわ。
今日は、少しお話がしたくてお招きしましたの。
一週間前のわたしの結婚式では、少しも時間がありませんでしたから。
貴女は、なにか仰りたそうでしたのにね。
でも、とりあえず、先にわたしの話を聞いていただけるかしら。
わたしには魔女の姉がおりまして。
とても優秀で、古今東西のほとんどの魔法を習得しておりました。
勉強熱心というよりは貪欲で、何でも欲しがる人だったのね。
優秀なことを鼻にかけた姉は、とある縁談を断りました。
相手を無能な男だと断じて袖にしたのですわ。
それで、年子のわたしが代わりに嫁ぐことになったのです。
ええ、今のわたしの夫のことですわ。
わたしが見たところ、彼は貴族にしては素直で真面目過ぎたのね。
そのせいで、あまり社交界にも馴染まなかったようで。
でも、そんな彼だからこそ、わたしの助言にも耳を傾けてくれたの。
彼は、わたしのちょっとした助言でどんどん成長していきました。
彼の魅力を引き出せるテーラーを見つけて紹介したら、見た目だって、びっくりするほど変わったわ。
結婚して一年が過ぎる頃には、彼は夜会でも声を掛けられないことがないほど、注目されていました。
わたしたちは心から愛し合い、お腹の中には小さな命が宿ったのです。
ところが、すっかり素敵になった夫を見て、姉は彼のことが欲しくなったらしくて。
なんと、そのために縁談が来た頃まで時を戻してしまいました。
ええ、時戻しは珍しい魔法ですからね。
それなりに苦労して、お金もかけて、彼女は時の魔法書を手に入れたのです。
首尾よく、姉は彼と結婚しました。
そして、素敵な夫を見せびらかすために、毎週のように夜会に出かけたのです。
ところが姉の側では、彼は少しも素敵になっていかなかったわ。
それはそうでしょう。
わたしは彼と一緒になってから、彼のために情報を集め、行動し、努力したのですもの。
彼に寄り添って、彼を大切にしてきたのですもの。
姉は彼のことを、少しも見ていなかった。
苦労して手に入れた玩具なのに、ただ放置しただけ。
そもそも愛してすらいなかったわ。
その日、姉は里帰りしていました。
家で暮らすままのわたしは、お茶を勧めましたわ。
「あんたは気楽でいいわね。
私はこんなに苦労しているのに」
思った結果が出ないことに、姉は焦っているようでした。
「何のお話ですの?」
「……何でもないわよ」
姉はわたしのことを、やり直した物語の一登場人物だと思っていたのね。
でも、それは間違いでした。
その夜のこと、姉は生家の自室で、再び時を戻しました。
その途端、時の魔王が現れ、彼女は捉えられてしまった。
『時戻しは一度だけ。二度目は無い』
姉は知らなかったのです。
それもそのはず。
彼女が手に入れた時の魔法の書から、注意書きを消したのはわたし。
時戻しの魔法は、同じ時間には一度しか戻れないというルールがあるのです。
廊下から、そっと覗いていたわたしは、姉を連れ去る魔王と一瞬目が合いました。
でも、呆れ顔をされただけ。
わたしは、何もルールに触れることはしていないのですもの。
姉が魔女なら、わたしにも魔女の素質があるのではないかしら。
物心ついた頃、ふとそう思いましたの。
それで、姉には知られないよう、密かに勉強してきました。
残念ながら、わたしには大掛かりな魔法を使うような才能はありませんでした。
けれど、勉強は無駄にはならなかったわ。
やっと習得できた魔法は二つ。
隠蔽と消去。
小さな魔法だけれど、効果は使い方次第ですわ。
姉のやり口を見て来たわたしは、念のため意に副わぬ状況になった時、記憶を奪われぬよう隠蔽する術をかけておいたのです。
時の戻った世界で、わたしは時の魔法の書と姉の記憶から、注意書きを消しました。
姉は思った通り、もう一度時を戻そうとして、この世界から消えてしまった。
世界は、あるべき姿に戻ったのですわ。
紅茶のお代わりはいかが?
あら、顔色がすぐれませんわね。
部屋を暖めましょうか?
ええ、何でも仰って。
そうよ、わたしには姉が居ました。
貴女は、結婚式の時、わたしに姉がいたはずだと思ったのでしょう?
やはりね。
ああ、いいえ、そんなに心配しなくても大丈夫。
時の魔王は、簡単には現れないわ。
彼の支配下に入った時間軸の世界に、重大な綻びやルール破りがなければね。
記憶の消去をして欲しいですって?
その小さな違和感を消したいのね?
ええ、もちろんよ。喜んで。
貴女とはずっとお友達でいたいですもの。
あの姉がいない、この素敵な世界を壊したくないし。
もうじき、わたしのお腹に帰ってくる大切なあの子。
あの子のためにも、この世界を守らなくては。
ほんの一瞬で済むわ。
さあ、目を開けて。
ええ、結婚式ではお話しできなくてごめんなさいね。
素敵なお祝いをありがとう。
これからも、良いお友達でいてね。