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二話 南方作戦

十二月八日未明 


「大発下ろせぇー!」


号令とともに上陸兵を載せている大発動艇がレールに沿って艦尾から海へ流れていく。

周囲を見れば闇夜に紛れて兄弟艦たちが次々と大発動艇を海へ流していく。

海へ流された大発たちは一路陸上を目指して突き進んでいく。何十回も訓練した動きだ、一切の迷いが無く進んでいく。

目をこらして遠くを見れば大発より大型な船が大発たちとともに陸へ向かっている。

おそらく百一号型輸送艦だろう。うっすらだが何隻か見える。戦車なんかを搭載しているが淀みなく突き進んでいる。


「砲術長」

「はっ、艦長」

「主砲、各銃座の配置はそのまま、味方が上陸する前に敵が発砲したら敵火点を全力で潰せ」

「了解しました」

「副長」

「はい艦長」

「荷物の荷下ろしが終わったら少し前進させる。できるだけ陸軍を援護したい」

「了解しました」


そう命じた後、艦長は双眼鏡を覗く。視線は大発たちが向かう陸へと注がれた。





「もうすぐだな。戦車隊は準備できているんだろうな!?」

「先ほど《準備万端》と返事を頂きました」

「よしっ!各銃座に敵が撃ってきたら即時反撃しろと伝えろ。いいか?撃たれたらだぞ!」

「了解しました」

「誤射もするんじゃないぞ!」

「わかっています!」


艦橋から身を乗り出しながら指示を飛ばす艦長。ちらりと横を見れば、同型艦たちが上陸地点へと向かっているのが分かる。百一号型輸送艦のうち数隻は上陸部隊の戦車を乗せている。それ以外は各種車両と牽引砲なども積み込みそれを扱う兵士たちも乗り込んでいる。


「頼むぞ……昼間に英軍に爆撃されては橋頭堡も造れんからな。夜のうちに何とかせんと……」


不安を口にしながらも上陸準備を行う艦長だった。







「艦隊司令部から《対潜警戒厳トセヨ》と通信が」

「戦隊旗艦からは?」

「《上陸軍ヲ艦砲デ援護スベシ》と……」

「おい、なんで命令が錯綜しているんだ……副長、通信室にいってどっちの命令を優先すべきか問い合わせてくれ」

「わかりました」


副長が去った後、小さくため息を吐く艦長。明らかに疲労の色が見える。しかしそれを見て馬鹿にする者は居ない。いやむしろ艦橋にいる者は少なからず罪悪感を持っていた。


「艦長……少し休まれたら如何でしょうか?」

「いや、新兵同然の君らを見守らねばならないからな……上陸が落ち着いたら隙を見て休むよ……」


乾いた笑いをしながら答える艦長。明らかに作り笑いだ。だがそれを否定できる者はこの場にいなかった。

速成訓練を受けた者ばかりの船で、艦長などの幹部は貴重な人材であり責任者であった。休憩中に任せられる新任もいないのが現状だった。


「艦長、確認が取れました。対潜警戒は海防艦たちにやらせて、本艦は他の松型と一緒に上陸部隊の援護しろとのことです」

「こんな雑木林でも援護ぐらい出来るだろう……」

「まあ……高角砲で援護っていても他かがしれているような気も……」

「そうだな……誤射だけは気をつけよう」


目の下に熊を飼いながらも目だけは獲物を狙う猛禽類のように鋭い艦長と副長であった。





「どうだ?潜水艦はいるか?」

「……今のところは」

「そうか……引き続き頼む」

「………」


目を閉じじっと耳当てに手を当て集中している聴音手からそっと離れ、艦橋へ戻る。

そこには副長と主計長がマグカップを片手に双眼鏡を覗いている姿があった。


「何か見つかったか?」

「いいえ、何も」

「静かな海ですよ」


中身はコーヒーだろう風に乗って匂いが漂ってくる。


「このまま何も無ければ良いがね……こっちは海防艦と駆逐艦は素人同然の連中ばかりだ。英海軍が突っ込んできたら止められん」

「そのためにわざわざ戦艦やら重巡やらを送ってきたんでしょう?」

「この場にはその頼れる戦艦も頼もしい重巡もいないがな」

「戦艦は居なくても巡洋艦はいるじゃないですか」

「一隻だけだろ。しかも軽巡、あとは雑木林と俺達のちっちゃな海防艦だけだ」


そうこの上陸作戦で海軍が提供した艦隊の構成は、軽巡が一隻、雑木林の松型駆逐艦と日振型海防艦が多数。それだけである。しかも乗組員の殆どが速成教育を受けた、叩き上げの彼らからすれば素人軍人といっていい構成だった。

戦艦を主軸とした艦隊は、英東洋艦隊を索敵・撃滅へ向かっており上陸支援などはじめからする気が無かったように見える行動をしていた。


「今度会ったら覚えてろ……」

「うちの船じゃ、逆立ちしたって戦艦に勝てませんよ」

「駆逐艦にだって勝てないよ」

「二人ともうるさい!コーヒー飲んでサボる暇があるなら見張りをしてろ!」

「「了解しました」」


艦長の愚痴の付き合う副長と主計長は、双眼鏡を覗きながらそう答えるのであった。









このような光景が開戦当日から年が開けてしばらくの間、東南アジア各地で見られた。

マレー半島にインドネシア、フィリピン、ビスマルク諸島、ニューギニアなどの第一段作戦に基づいた南方各地に陸海軍共同の作戦行動により迅速に制圧していく。



十二月十日、マレー沖海戦が勃発。イギリス海軍の戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを航空攻撃により撃沈。南方派遣艦隊が追撃を行い駆逐艦四隻を撃沈。

同日、グアム島占領。

十二月二十二日、フィリピン・ルソン島上陸。

十二月二十三日、ウェーク島占領。

十二月二十五日、香港占領。


年が明けても日本軍の攻勢は止まらず勢いそのままに上陸作戦を繰り返す。


一九四二年 

一月十一日、ボルネオ島上陸。これを皮切りにインドネシア各地で上陸と空挺降下が行われていく。

しかし、米軍、英軍、蘭軍、豪軍の連合軍であるABDA司令部も指をくわえているだけでは無かった。


一月二十四日未明 バリクパパン


油田があるバリクパパンを制圧すべく貨物船や第百一号型輸送艦に第一号型輸送艦から物資に大発などが下ろされ、発進していく。

上陸自体は非常にスムーズに進んでいた。

それは上陸部隊を守る海軍は、外側に展開するように警戒網を展開。さらにその内側に松型駆逐艦四隻、海防艦四隻が輸送艦たちに付き添うように守備に当たっていた。


「上陸作業は、順調そうだな」

「まもなく完了する予定時間です」

「このまま何も無ければ良いが、昼間の空襲もある。気を抜かずにやろう」


深夜の海に微かに何かが見えた。一瞬、光ったように見えた新人の見張り員は、そのまま横にいる先任見張り員に報告。

先任はすぐさま伝声管を掴み叫んだ。


『敵艦発見!数複数!我が方に接近中!』


その報告で艦内は一気に動き出す。


「僚艦に伝え!上陸部隊にも警報出せ!外郭の本隊にも打電しろ!」

「砲撃準備!射程に入り次第撃ち方はじめ!各銃座、見張り員は敵魚雷に注意しろ!」

「最大戦速に上げ!進路変更!敵を上陸部隊に近づけるな!」


接近する敵に向かって速度を上げて突き進んでいく。


「敵の数は?艦種は?わかるか?」

『数は四隻確認!艦種は………恐らく駆逐艦!』

「なら勝負は出来るな……僚艦の動きは?」

「転舵して我が艦の後方に付くようです」

「よし!敵の頭を押さえる!」


このときの敵艦であるアメリカ海軍の駆逐艦四隻は、日本軍の輸送艦隊を攻撃目標としていた。それを果たすために向かってきている松型駆逐艦を無視して突っ込む決断をした。

決死ではなく魚雷を放って離脱する、一撃離脱を仕掛けるためにも進路変更もせずただ我武者羅に突撃を開始する。


「敵艦増速!」

「これ以上速度は上がらないのか!?」

「これが一杯です!」

「くそっ!」

「撃ち方始めます!」


12.7センチの八九式高角砲が火を噴く。後方の僚艦も砲撃し始めた。

だが――――


「遠!遠!遠!」

「各砲何やってる!?さっさと当てろ!」

「殆ど素人で初の海戦ですよ!無茶言わないでください!」

「情けないことを言うな砲術長!それでも帝国軍人か!」

「艦長、このまま行けば敵と丁字でやり合えます。落ち着いてください」

「それは敵が突っ込んでくれ場の話しだろ!転舵したら取り逃がすぞ?」

「輸送艦たちがやられなければ我々の勝ちです」

「………わかった。航海長、進路そのまま」

「了解しました」


一方、海防艦たちは――――――


「敵が来てるだって言われても………」

「こんな船でどうすりゃ良いんだ?」

「12センチの主砲だけて駆逐艦を撃沈するのは難しいかと………」

「んん~………とりあえず輸送艦の盾になるよう横に並ぼう。横並びで四隻から砲撃すれば多少は弾幕が張れる」

「肉壁ですか?まぁ、それぐらいしかできませんからね」


海防艦四隻は舷側を突撃してくるアメリカ海軍に晒しながらも、輸送艦の盾になるように単縦陣を組んだ。

ただでさえ脆い海防艦が柔らかい横っ腹を晒しているのだ。

輸送艦の乗組員から見れば、決死の覚悟で守ろうとしてくれている、そう目に映るが実際はそれに加えて事情があった。


「高度な戦隊運動なんて出来ませんからね」

「前の艦に付いてくのがやっと出来るぐらいだからな。これぐらいしかできないよ」


練度がまったく足りていないのである。

敵と真正面から決戦を行う連合艦隊主力と違い、何度も言うが松型も海防艦も殆どが促成の兵で構成されている。

大目に見て『ぎりぎり実戦運用できる』。

その程度の質であっても投入しなければならないのが日本海軍の人材不足の限界であった。


「敵もこちらに撃ってきましたね」

「こちらも撃ち方始め、落ち着いて訓練通りにやれ」


そう命じているが内心は直撃など期待していない。訓練通りに砲撃するのがやっとな新兵達が、訓練同様の速度で行動しながら高速で移動する敵艦を狙い直撃させる、そんな曲芸紛いな事は出来ない。

せいぜい敵の針路を妨害して退却してくれることを願うしかない。


「松型も追ってきているようですが……」

「追いつけんだろうな。駆逐艦のくせに遅いからな」

「敵艦が転舵!」

「はっ?転舵?」


見張り員の言葉を繰り返しながら艦長は自身の双眼鏡を覗く。

確かに敵艦は針路を変えつつあった。しかし艦長にはそれが違うように見えた。いや確実に違う行動の動きだ。海防艦の艦長になる前に乗り込んでいた艦が、敵を屠るための一撃必殺の殺人兵器を確実に撃ち出し命中させるための回頭。


「見張り員!手空きの者は全員海面を見ろ!敵は魚雷を撃ったぞ!」

「はい?」

「ぼけっとするな!死にたいか!」


怒鳴られ慌てて海面を見る見張り員と伝声管を通じて聞いていた手空きの者が海面を見始める。


「艦長……」

「避ければ輸送艦に当たる。そうだな航海長?」

「はい……我が艦と輸送艦たちは軸線上にあります」

「魚雷が来たら体当たりして止める。覚悟しておけ」

『左舷雷跡発見!』

「各砲座撃ちまくれ!一発当たれば吹き飛ぶぞ!」


命令を下しながら双眼鏡を覗き見る。

雷跡は一つしか無い。

そんなはずはない。敵の動きを見るに全弾斉射したはずだ。敵は四隻、一隻に最低四発の計算でも十六発は魚雷を発射したはずだ。残りはどこだ。

そう考えているとき一際大きな音が後ろから聞こえた。

本能的に艦橋横の窓から身を乗り出し後方を見る。


「くそっ!」


目に飛び込んできたのは随伴艦が火達磨になっている姿だった。いや木っ端みじんに吹き飛んだと言っていい。さらに後方からまた同じ音が聞こえる。

海面に目を戻せば砲弾、機銃弾を何のそのと雷跡がゆっくりと近づいてきている。


「…………無理か」






バリクパパン沖海戦

日本海軍 撃沈 海防艦三隻。 輸送艦隊に被害なし。

連合軍ABDA艦隊 損害なし。上陸作戦阻止できず撤退。




「何とか生き残ったなぁ……」

「しかも五体満足ですからね」


自分の船は海底に沈んだが半数以上の乗員が生き残り、残存した海防艦に松型、上陸部隊の大発なども加わり救助活動が行われ、艦長と航海長は陸軍所属の船に拾われた。


「海軍軍人が陸さんの船に助けられるとはなぁ……」

「そんなに落ち込まないで下さいよ、あちらさん、えらい感謝してくれてたじゃないですか」


『身を盾にして我々を守ってくれてありがとう』

『あなた方のお陰で上陸は成功した、ありがとう』

『あんな小さな船で敵を追い返せるなんて、やはり帝国海軍は世界一の海軍だ』

『海軍さんのお陰で我々は陸で存分に戦えるんです。感謝しています』


陸上から海上の輸送艦から海戦を見ていた陸軍軍人や徴用された船員達が代わる代わる感謝の言葉を言ってくれた。

人生でこんなに多くの人に感謝されたのは初めてだろう。


「まぁ……感謝されるのは悪い気はしないな」

「それは良かった」


ニッコリ笑う航海長に、何となくコイツとは長い付き合いになりそうだ、そう艦長は思った。


後日陸軍から感状が授与される事になった。


一方海軍は烈火の如く怒っていた。

外郭の防御線があっさり突破され、まんまと上陸艦隊に肉薄されたのだから無理もない。

わざわざ外郭に軽巡に艦隊型駆逐艦を配置したのにだ。

幸い松型と日振型が奮闘して被害は無かったが、連合艦隊司令部は南方海域において、徹底的な敵海軍の排除に動き出す。


二月十五日 シンガポールを占領。

同月二十日 バリ島沖海戦。

同月二七日から三月一日 スラバヤ沖海戦。


最後に二月二八日から三月一日にかけて勃発したバタビア沖海戦において、ABDA連合海軍の主戦力を全て撃沈せしめ、南方海域の制海権は完全に日本海軍のものとなった。


なおバタビア沖海戦で友軍の魚雷が輸送船団を護衛していた松型駆逐艦二隻と日振型海防艦三隻に命中し、轟沈した。陸軍輸送船団には一切被害は無く、上陸作戦はスムーズに実行された。


一連の南方作戦を通じて、松型二隻、日振型六隻が沈んだ。

第一号型輸送艦と第百一号輸送艦には幸いに被害は無かった。


しかしこれは始まりに過ぎなかった。


急激に拡大した戦線を維持するための、長く苦しい戦いの幕が上がっただけなのだから。




ご感想など首を長くしてお待ちしています。

とても励みになりますので。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず今のところ陸海の足の引っ張り合いがない。 まあ、イケイケ将校黙らせれば大丈夫か? [気になる点] 日本の戦車の強化が気になりますね とりあえず史実通り虎送ってもらって 軽量タイプ…
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