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開戦前

1940年 昭和十五年 10月


日に日に悪化する日米関係に備えて大日本帝国は軍備を急速に整えつつあった。


海軍省


「建造は順調に進んでるみたいだな」

「はい、この分ですと遅くとも来年の12月頭には全艦進水、または就役できます」

「しかしこうも上手く行くとは思わなかったな……」

「予算が増えたからってこんな無茶苦茶な計画を進めなくてもと思いますがねぇ……」

「輸送艦の方は陸軍も予算を出してくれてるらしいし、海防艦の方は農林省に逓信省、内務省からも予算が出ているみたいだからな」

「おかげで内地の造船所は何処も彼処もてんやわんやになってますがね……」

「内地どころか外地の造船所もいっぱいみたいだからな……」

「そりゃあそうでしょうな……なんたって駆逐艦100隻、海防艦100隻、輸送艦100隻を造ってるんですから……」


明治維新からただひたすら国力の増強を目指し富国強兵政策を推し進めてきた。日清日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵。降りかかる火の粉を払いのけながら近代化を推し進め欧米列強に追いつけ追い越せとただひたすら走り続けていた。

そしてその真価が試されるときが来たのだ。

近代戦、否、国家の全てを使い敵を打倒しなければならない地獄の総力戦が迫ってきている。

そのために日本陸海軍、いや大日本帝国全体が国家総力戦体制を整えつつあった。外地を含めた各地に建設された軍需工場に造船所。品質管理と部品の共通化。第四艦隊事件が起きた時も電気溶接技術の研鑽を止めること無く進め、ブロック工法で量産できるまでになった。流石に大型艦ではおいそれとはブロック工法は出来ていないが溶接技術のおかげで建造速度は速まっている。陸軍、海軍の垣根を越えて共同作戦の訓練に戦術立案、戦略の方向性の一致、技術交流など今までにない試みが行われていた。


「乗員の育成も何とか成りそうだな」

「まあその分、練度の方が多少心配ではありますが……」

「そこは目を瞑ろう。乗り手が居なければ船はただの鉄屑だからな……」

「はい……他にも金剛型の代艦の戦艦に正規空母に重巡に軽巡に潜水艦……本当に乗り手が足りませんからね……」

「いくら仮想敵が英米海軍をいっぺんに相手するったって限度があると思うんだがね……」

「この前佐世保に行ったんですが、造船関係者に言われましたよ。『海軍は俺たちを殺す気なのか?』って……」

「二十四時間体制で三交代制だったか?どこもかしこも大変だ。工廠は機関部も砲も諸々作らんといけないし」

「それに航空機だって大増産するんでしょ?新型の艦戦を主体に艦爆、艦攻に陸攻までつくって今度は飛行場が足りないですよ?」

「外地の離島に造るみたいだぞ。パラオとか小笠原とか台湾のも拡張しているらしい」

「……この先、どうなるんでしょう?」

「それは……分からん。ただ英米とはやり合いたくないな……」


彼らの言う駆逐艦は松型駆逐艦。吹雪型に代表される一等駆逐艦、いわゆる艦隊型駆逐艦とは違い、量産性能を第一に定めた駆逐艦であり、艦隊型と比べれば船体は小さく、武装も貧弱、速度も遅い。しかしある程度の大きさに、対潜・対空・対艦戦闘が可能な装備、潜水艦を追い回すには十分な速度を思っている。しかし用兵側からの要求で改良を加えた艦艇の設計が進んでいる。


海防艦は占守型海防艦、日振型海防艦、鵜来型海防艦の三艦種である。もともとマル2計画で建造された占守型四隻に加えて、大幅に改良し量産性・対潜・対空能力を向上させた日振型、鵜来型を大量に建造している。初期の占守型、バランスの良い日振型、鵜来型は良い出来ではあったが、量産を重視する設計な為に用兵側の要求に応えられていない点もある艦種で、大量に建造されているが後継艦の設計が始まっている。


輸送艦は、第一号型輸送艦と第百一号型輸送艦の二艦種を陸軍と共同協力しながら建造している。第一号型輸送艦はブロック工法を導入し、大発動艇を含め310トンの物資を搭載し22ノットという輸送艦にしては足が速く強行輸送も上陸作戦にも使える。第百一号型輸送艦は戦車揚陸艦でありこちらもブロック工法を用いて量産性を上げており戦車一個中隊を搭載でき迅速な展開が出来る様に、大発などの上陸用舟艇と同じような艦首の門扉が1枚で揚陸の際には門扉が前方に倒れて渡し板となり、その上を車両が走行できる構造になっている。戦車の他にも人員200人に貨物22トンの計250トンを搭載可能としている。


これらの艦艇を100隻建造している。大幅に拡張された日本本土の既存の工廠に加えて新設された大神工廠、室積工廠などの海軍工廠。新設された室蘭工作部や朝鮮、満洲、台湾などに開設された艦艇建造能力を有している工作部。そこに民間造船所が加わり何とか建造を推し進めている。無論これ以外の艦艇も建造しているので軍民問わずてんやわんやな状態である。


さてなぜこれほど急ピッチに軍拡を推し進めているかというと、大日本帝国とアメリカ合衆国の関係が悪化しつつあるからである。原因は満洲国境付近で中華民国が起こした盧溝橋事件と国際都市である上海を攻撃した上海事変を切っ掛けに拡大し、全面衝突に至った支那事変。現在の所、戦況は日本有利ではあるが、中華民国はアメリカ・イギリスなどから大量の援助物資を受け取っており抵抗し続けている。日本からすれば降りかかった火の粉を払いのけただけなのにアメリカが敵に味方し兵器などを送っている敵対行動を行っているようにしか見れない。無論外交で話を付けようとしているし、完全な敵対関係になっていれば石油などの戦略物資をアメリカから輸入できなくなっている。それでも敵に与しているように大多数の帝国臣民の目には映っているし、軍部もそのように見ている。そしてそのアメリカから中華民国への支援ルートの一つであるフランス領インドシナ半島を通る援蔣ルートを遮断するために北部仏印に陸軍は進駐した。それに理不尽にも激怒したアメリカが日本との貿易を縮小・制限する措置を取ったのである。


『米国へ対抗措置を取るべし!』

『政府は毅然とした対応を!』

『支那に味方する米帝を許すな!』


各新聞社は派手な見出しと共に臣民を煽り、それに乗せられるものも多かった。だが同時に冷静に考え意見を唱える者も多かった。


『帝国が米国に勝てるのか?』

『日本と米国の国力差は約十倍』

『短期決戦は絶望的か?』


このような議論が日本中で巻き起こっていた。世論とは別に軍部はというと、『開戦もやむを得ない場合もある』と考えていた。なので外交交渉は外務省と内閣に任せつつ、対米戦の戦略と作戦の設定と構築を陸海共同で開始。またイギリス・オランダ・オーストラリアなどの連合国もアメリカ側に付くと想定して準備を始めた。

まず開戦日を来年の12月ごろと想定。

陸軍は米領フィリピン、英領マレー半島、仏印南部、蘭領インドシナを主攻撃目標と定め、迅速に敵軍殲滅と占領を行う。海軍は陸軍の援護と主力艦隊をもって敵主力と艦隊決戦を行い殲滅、本土防衛のための警戒網を太平洋上の島々を制圧し構築する。

大方針としてこれが決まった。

しかしこれらを実行するには陸海共に戦力が不足している。そこで政府に補正予算として軍事費増額を願い出た。政府も世論に押される形とまだ国力に余裕がある為、これを承認した。

海軍は進んでいた建造計画、マル3計画とマル4計画を進めつつ、追加で松型駆逐艦と日振型・鵜来型海防艦を発注。陸軍共同で第一号型輸送艦・第百一号型輸送艦を追加発注。陸軍は既存の小火器の更新、火砲の増産、新型航空機の量産、新型戦車の開発などに予算を注ぎ込んだ。

これらはあくまで備えであるし、陸軍海軍問わずにアメリカや連合国と戦争にはしたくない。勝てる可能性が限りなく低いのは分かり切っている。


『話し合いで解決するならそれが一番良い』


陸海軍の想いはそれ以外なかった。

政府も同様であり、大部分の日本人も口では勇ましく言っているが戦争など望んでいなかった。


しかしその願いは通じなかった。


1941年 昭和十六年

年が明けてから日を追う毎に日米関係は悪化の一途をたどっていた。


三月にはレンドリース法がアメリカで成立。


四月に日ソ中立条約が調印。


六月に独ソ戦が開始。大本営政府連絡懇談会で南進論が基本方針となり陸海軍が南方作戦および連合国に対する作戦準備を正式に開始。


七月二日 情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱が正式に決定。陸海軍総力を挙げて南方資源地帯の確保および敵軍の殲滅を作戦目的と定める。

同月二十八日 南部仏印に進駐を開始。


八月一日  アメリカ、「全ての侵略国」への石油禁輸を表明、ABCD包囲網が形成される。

八月十四日  ルーズベルト大統領と英国チャーチル首相が大西洋憲章を発表。


九月六日 第6回御前会議において、日米交渉の期限を十二月上旬頃とし、交渉と並行して対米英蘭戦の準備を概ね十一月下旬までに完了、十二月一日までに交渉不成立の場合直ちに開戦することに決定。


十月十二日 近衛首相、自邸に外務大臣・陸軍大臣・海軍大臣・企画院総裁を招き五相会議を行う。陸軍大臣は中国からの全面撤兵に反対、部分撤兵なら可能と回答。

十月十六日 近衛内閣総辞職、近衛文麿首相辞任。

十月十八日 東條英機首相就任、東條内閣成立。


十一月三日 陸軍参謀総長と海軍軍令部総長が対米英蘭戦争の作戦計画を天皇陛下に上奏。


恐ろしい速度で日本とアメリカとの関係は険悪となり、世論では『開戦やむなし』との声が広がりつつあった。読者受けを狙った新聞社はというと……


『米帝に今こそ明治以来の屈辱を晴らすとき!』

『腰抜け米軍恐るるに足らず!』

『帝国の宿敵アメリカを粉砕せよ!』


と攻撃的な論調を展開していた。

新聞社とは別に軍部は真逆の反応だった。


『本当に勝てるのだろうか?』

『作戦も立てた準備も進んでいる。しかし本当に開戦するのか?』

『短期決戦が事実上不可能な上に長期戦での勝利のビジョンが見えてこない』

『ハワイまでだって遠いのに西海岸までたどり着けるわけがない』

『日本単独で米英海軍を相手に勝てと?どう勝てというんだ……』

『ビルマからニューギニアまでならなんとかなるがインドやオーストラリア、ましてやアメリカ本土の占領など不可能だ』


など敵となる可能性が高いアメリカやイギリスを調べれば調べるほど、勝ち筋が消えていき、『完全勝利は不可能』と陸海軍の共通の認識になっていた。




陸軍参謀本部


「第一段作戦はなんとか達成出来るな」

「初撃の奇襲攻撃が成功すればですが、一応陸海軍合同の図上演習でも同じ結論になってます」

「問題はその後だ」

「アメリカの反撃がいつ始まるかですね」

「我々陸軍は陸戦でインドとビルマの間でイギリスの侵攻は防げる。しかし太平洋はどうだ?小島が転々と広がっているし、補給は海上輸送頼り、島ごと包囲されれば撤退すら出来なくなる」

「しかも防衛している島を無視され、後方の島を制圧されれば、遊兵化してしまいます」

「やはり要所に絞って守備を固めるしかないか……」


海軍軍令部


「ともかく真珠湾を叩き米海軍の主力を無効化した後に南方の敵海軍を殲滅するべきだ」

「それには同意するがシンガポールの英海軍を自由にさせるのは危険だ。ある程度こちらにも戦力を回した方がよい」

「正規空母は全て機動部隊に編入して残りの軽空母は南方に送ろう。戦艦も加えて送れば英海軍にも対抗できる」

「できるだけ初戦で敵を叩くぞ。最低でも半年は反撃できなくする。その間に第一段作戦を完了させ米軍の反抗に備える」


このように陸海軍は第一段作戦である南方地域制圧で一致し、さらに無理に占領地を拡大しない方針であった。




十一月二十六日 日本海軍の第一航空艦隊を中核とした機動部隊、単冠湾を出港。

十一月二十七日 「ハル・ノート」が日本側に渡される。大本営政府連絡会議にて宣戦布告の事務手続き決定。


そして十二月一日、第8回御前会議にて対米英蘭開戦が決定される。

十二月三日 大本営から日本海軍第一航空艦隊へ「ニイタカヤマノボレ1208」(真珠湾攻撃命令)を発信。

十二月四日 第一号型輸送艦と第百一号型輸送艦を多数備えたマレー半島攻略部隊が海南島を出港。








《臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部十二月八日午前六時発表。

帝国陸海軍は、本八日未明、西太平洋に於いてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋に於いてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり。臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。帝国海軍は、ハワイ方面のアメリカ艦隊並びに航空兵力に対し、決死の大空襲を敢行し、シンガポールその他をも大爆撃しました。大本営海軍部今日午後一時発表。一、帝国海軍は、本八日未明、ハワイ方面のアメリカ艦隊並びに航空兵力に対し決死の大空襲を敢行せり。二、帝国海軍は本八日未明、上海に於いてイギリス砲艦ペトレル号を撃沈せり。アメリカ砲艦ウェーク号は同時刻我に降伏せり。三、帝国海軍は本八日未明、シンガポールを爆撃して大なる戦果を収めたり。四、帝国海軍は本八日早朝、ダバオ・ウェーク・グァムの敵軍施設を爆撃せり》



十二月八日 アメリカ時間12月7日。

野村大使、ハル国務長官に「対米覚書」を手交し、日米交渉決裂。「米国及英国ニ対スル宣戦ノ詔書」が発せられ、米国と英国に宣戦を布告。


大日本帝国の存亡を賭けた自衛戦争。


大東亜戦争が始まった。







ここまで読んで頂いてありがとうございました。


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[良い点] 御参加ありがとうございます。対米戦に備えての、真正面からの軍備拡張ですか。自分のトンデモ条件に、皆さん色々と考えていただき感謝です。 [一言] これだけの艦艇と、その生産設備を事前に用意し…
[気になる点] 航空機に防弾重視と護衛部隊付けるかで 大分流れ変わりそう。 あと晨電にジェットプランは必須事項 ※史実だと機体重すぎたのと粗悪燃料と戦局悪化で不遇な評価受けているそうですね。 [一言]…
[一言] 駆逐艦100隻……艦名に苦労しそうですね。史実でも松型は大変だったみたいですし もう神風型の元艦名みたいなナンバリングだけの方が良いかもしれませんね。艦長は嫌がるでしょうが。
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