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第9話 女神と少年、竜の髭を取りに行く

 世界の管理者である神族の体はマナで出来ている。そして神族にも魂がある。この魂は他の生命体の物とは違い、使い回されたりはしない。体が滅んでも魂が壊れない限り、再生する事が出来るのだ。

 

 そしてこの神の魂だけが持つ能力が、マナの同調能力である。魂の中に封入された核ともいえるマナが周囲のマナを同調する事で自らのものとする。神々の間ではこの同調の事を『色をつける』と言い、『千変万化』を始めとした神々の使う魔法の下準備となる。

 

 世界樹の中にある異空間の1つであるレフィーリアの居室では自然なマナの循環が行われず、滞留し続けている。そのためこの居室にはレフィーリアが色をつけたマナが大量に漂っていた。

 

 レフィーリアとエイシの周りでいくつもの火花が飛び散る。

 体外の色をつけたマナへと感覚を伸ばし、敵の動きを正確に感知する。『千変万化』を使い、不可視の障壁をザイドゥの攻撃に先回りして創り出し、障壁と攻撃が衝突したその瞬間を狙って刃を降らせていた。

 しかしザイドゥは1本の短剣で降り注ぐ不可視の刃を全て切り払い、また次の攻撃へと転じている。

 

 (くっ、あの短剣、使い込まれて魔法具と化しておる。地の利を得たとしても互角かどうか、といったところか)

 

 ザイドゥの魔力が染み込んだ短剣は驚異的な硬度を獲得し、ザイドゥの意思に呼応して自ら危険を払いにいっている様に見えた。

 

 伸ばした感覚で傍らのエイシを視る。目線の動きからなんとかザイドゥの動きが視えている様子だったが、体は反応できていなかった。

 

 (エイシのエンハンスがあればなんとか出来るのじゃが) 

 

 エンハンスの訓練が間に合わなかった事が悔やまれた。マナの体を持つ神にエンハンスを施すのには人間に施すのとは大きく要領が違っていて、ぶっつけ本番で出来るようなものではなかった。

 

「いつまでこうしているつもりですか?下界では今頃私の部下達が神官長を従わせるために尽力しているでしょうね」

 

「――――、っ!」

 

 空気が張り詰め突然音が無くなる。衝突音に紛れて指を鳴らしたのだと少し遅れて気づいた。そしてその一連の行為に気を取られて集中が乱された事に、さらに遅れて気づいた。

 不可視の障壁による防衛網を抜けてザイドゥが懐へと踏み込んでくる。

 

 (コンッのぉ!)

 

 瞬時に作戦を切り替え、『千変万化』で手持ちの剣と盾を作る。

 盾で短剣を防ぐが、瞬く間の3度の攻撃で粉々に砕けてガラスのように床に落ちた。


 しかし防いでいる間にマナを凝縮させて強化した剣で反撃にでる。

 マナの凝縮の結果、薄っすらと青く色づいた細く長い、工芸品のような刀身。

 ザイドゥの前では不可視の攻撃はもはや意味をなしていなかった。そこでレフィーリアが打って出た次の策がこの剣だった。

 

 その剣を振るう。


 青白い刃を余裕をもって躱し、反撃の体勢になるザイドゥ。しかしザイドゥの体に無数の切り傷が発生した。

 

 ザイドゥが後ろへ大きく跳び、レフィーリア達と距離をとった。音が戻り、ザイドゥの声が響き渡る。

 

「いい剣だ。やりますね、女神様」 

 

「なに、簡単な物じゃよ、人間がするようにマナに意思を込めて固めただけじゃ」

 

 斬るという思いを宿したマナの刀身『千変万化・乱刃』。空を斬りながら刀身周辺のマナを同調、無数の刃と化して乱れさせる剣だった。

 

「教えてくれないなんて意地悪ですね。さしずめ刀身の周囲に斬撃の風を纏っている、といったところですかね。細い刀身に気を取られたから痛い目にあった。ですがその攻撃、もう通用しませんよ」

 

 ザイドゥが挑発するように手招きをする。

 

「ほほぅ、じゃがこの剣はそれだけではないぞ!っ!おい、エイシ何を!?」

 

 突然レフィーリアの足に纏わりつくエイシ。彼の目を見てレフィーリアは悟った。

 


 ※


 

 眼の前で繰り広げられる攻防。

 一度に精製できる魔力の半分を眼の強化に注ぎ込むことでようやく追えるようになった。

 しかしろくに強化されていない体では反応する事が出来ず、結局見ているだけしかできなかった。

 

「指をくわえて見ている事しかできなくて、もどかしいのではないですか?」

 

 耳元で囁かれる声。しかし今度は侵入してくる不快な感覚はなかった。

 

「私の見立てでは君はBランク。なぜこの状況で君が喚ばれたのか、考えなくともわかりましたよ。女神がまた(・・)召喚を失敗したのだな、と」

 

 ザイドゥは喋っているにも関わらず眼の前では変わらず高速の攻撃と不可視の攻撃による衝突が続いていた。

 

「この女神はですね、召喚がとてつもなく下手なのです。そのせいでいったい何人の人生が狂わされたのでしょうか。この世界の現状を知っていますか?赤血の魔王、深緑の魔女、蒼海の魔人、3つの勢力がこの世界樹を狙っています」

 

「……うるさい」

 

 2人の戦いを集中して分析していたかった。レフィーリアの集中を乱さないように小さく呟いただけだったが、その感触には違和感があった。原因はすぐにわかった。声が届くはずのないザイドゥから返答があったからだ。

 

「そう言わないでください。意外かもしれませんが私の盗賊ギルドの目的は召喚者の救済なのです。私がこの世界に転生した時は魔の勢力はまだ1つだけでした。赤血の魔王、自らの血を分け与えて創り出した魔物達を引き連れる異世界人。この魔王を倒すためだけに多くの転生、転移があの女神によって考え無しに行われた。女神にとって召喚者はただの道具なのです、例えばあの韋駄天の槍使いの事を覚えている素振りはありましたか?自分で喚んだのに名前すら覚えていない。あなたも彼女と接して道具のような扱いを受けませんでしたか?」

 

「……つまり、何が言いたいのさ」

 

「その態度、思い当たる節があるのでしょう。……すこし昔、我々召喚者はパーティーを組み、魔王の軍勢と命懸けで戦いました。しかしその結果は大敗、名のある召喚者は皆、命を落としました。私は……Sランクのパーティーメンバーが無惨に殺されていく様を見て逃げ出した。廃人に近い状態で数年が経ち、今なお戦い続ける召喚者のために、と立ち上がったものの、蓋を開けてみれば脅威勢力が2つも増えているではありませんかッ!」

 

 ザイドゥの声は怒りを帯びていた。そしていっそう雄弁に語る。

 

「嫌でも噂が耳に入ってきました……魔女と魔人は女神の召喚の失敗により喚ばれたのだと。私はもうあの女神の為に戦うのが嫌になりました。しかしこの世界で出会った両親や友人、志を共にした召喚者達、彼らを見捨てられなかった。だから私は世界樹を奪い、この世界を変えてやろうと考えて女神に反旗を翻したわけです」

 

 少しの間その語りは止まり、何度も繰り返された攻防は音の消失と共に突然終わりを告げた。そして戦いは次の段階へと移った。

 

「いい剣だ。やりますね、女神様」

 

 音が戻り傷を負ったザイドゥがレフィーリアへ向けて言った。

 

「なに、簡単な物じゃよ、人間がするようにマナに意思を込めて固めただけじゃ」「『だから君も私に協力してくれないか?』」

 

 レフィーリアが声を発したのと同時だった。

 ザイドゥの魔力を込めた囁やき。雄弁な語りに突如挟まれたその囁やきは抜群の効果をもたらす、はずだった。

 

 エイシにしてみれば洗脳を防ぐため、そんなつもりはほとんど無かった。

 ただ自分を高みへと、そして2人の幼馴染に近づくためにこの高次元の戦いを漏らさず観察、分析し、自分のモノにしたかった。そのために体への強化はやめて、目と脳に集中して魔力を送り込んでいた。

 

 耳から駆け上がってくるザイドゥの魔力が脳内で再び衝突する。

 その僅かな猶予の間にレフィーリアの足にすがりつき、目で訴えた。

 

 意図を汲んだレフィーリアがマナを送り込み、一瞬にして気分が晴れた。

 レフィーリアの動きを封じるふりをしてザイドゥを盗み見る。勝ちを確信した顔で疾走のために力を溜めている。

 

 ザイドゥが駆け出したタイミングでそっと片手を向ける。レフィーリアが何かを察してその手を剣で隠してくれた。

 エイシにはこの戦いを見ていて、ひとつ試したい事があったのだ。

 

 (ザイドゥの踏み込みは左)

 

 もう片方の手でレフィーリアの足を叩き、合図を送り剣をどけてもらう。

 そして迫るザイドゥへと唱えた。

 

重点強化左足(ポイエン・レフレッグ)」 

 

 斬撃のための力強い踏み込みのタイミングに合わせてエンハンスをかけた。不意の左足の強化、ザイドゥは制御できない脚力によって斜め前方にスキップするように大きく跳ね上がった。

 

「レフィ!」

「任せぃ!『千変万化・断刃』」

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