第5話 少年、特訓する
「さて、エイシよ、まずは身体強化を行うのじゃ」
この世界が4大勢力によってほぼ制圧状態にある事、その1つ盗賊ギルドが世界最後の砦であるここに迫っている事、そして最後の頼みの綱であった召喚で間違って自分が呼ばれた事。
悲惨な光景と壊滅的な状況を知り、悶々とした落ち着かない思いを抱えながら、レフィーリアの後を追って部屋へと入った。
十分な広さのある板張りの部屋で、壁際にある案山子のような人形やその近くにある武器の数々から、ここが室内訓練場なのだと推測するのは容易であった。
「……あ、えっと、なに?」
「なんじゃ、聞いてなかったのか?しっかりせい」
「いきなりあんな話しを聞かされたら無理もないですよ。もしかしてエイシ様は戦いとは無縁の生活をしておられたのでは?だとしたら今の状況はさらに酷すぎますよね」
「うん、命の取り合い、という意味の戦いなら無縁だった。周りで人が死ぬって事すら稀だったし……」
「ほう、その言い方からすると勝負事として何かやっていたのではないかの?」
「いちおう……武道を」
自分の実力では言うのも恥ずかしかったが、それを聞いたレフィーリアは目を輝かせた。
「ほんとか!?ならば身体強化が楽しみじゃ、早く見せてくれ!」
そんな事言ってもやり方が――、そう考えた途端、またしても知識が流れ込む。
エイシはこの世界に来て、時間が経つにつれてマナを感じ取れるようになってきたことを自覚していた。
自分の体の真ん中で溜まりゆくそれを強く意識し、自分の一部だと思い込む。
すぐに意識が溶け込み、思い通りに動かせるようになった。まるで血液を自在に動かしているみたいだった。
(この体に力を)
そして魔力に願いを込めて、それを体内へと循環させるイメージをする。
(魂をポンプのように、魔力を押し出す)
まるでもうひとつ心臓が出来たかのように胸の内に強い鼓動を感じ、湯を流し込んだかのように身体中が熱を帯びていった。
「これが……身体強化」
「ふふ、やはり教えるまでもなく出来たのう」
「あの、女神様、なんでエイシ様の身体強化が楽しみだったのですか」
「はぁ〜、アーナよ、エイシはマナハイド世界出身じゃろ?つまり身体強化無しでこの年まで生きてきたのじゃ」
「あっ、マナハイド世界の召喚者は元から体が丈夫で力も強いっでしたっけ」
「そうじゃ、神々が世界樹とマナを隠しているマナハイドの世界、そこでは生物は自分の地力で逞しく生きている、という訳じゃな。その体に身体強化魔法が加われば……どうじゃ、エイシよ」
まるで低重力の空間にでもいるかのように身体が軽く感じた。
試しにその場で跳んだ。軽くのつもりが今までの全力で跳んだかのように高く跳ね、焦って空中でバランスを崩しそうになるも、しっかりと体幹が働き、無事に着地した。
「ふはは、出力調整の練習が必要じゃな。それと並行してエンハンスの練習じゃ。やり方は魂に聞いてみよ」
言われるまでもなく、ぼんやりとやり方がわかっていた。眠っていた魂の活動を開始した事により、魂の内に染み付いていた前世以前の情報が流れ込んできていた。
「魂というのは使い回し品でな、それも世界を問わず使い回される。樹へと還った魂は洗浄されるのじゃが、前世で日々繰り返した、特に魔力を使う鍛錬はその魂に染みとして残る事が多い。来世の世界でそれは才能となるのじゃ」
「へぇー、それじゃ魂は使い回される程強くなるの?」
エイシが染みの情報をもとに魔力を練り上げている間、レフィーリアは壁沿いの武器を物色しながら説明を続ける。
「しっかりと染みを継承すれば、じゃな。継承を重ね、研鑽されたスキルは固有スキルと呼ばれる特殊なものになる。しかしマナハイドがいい例じゃが、世界によっては染みを活かさずに生を終える事も多い。染み付き度合いによるが、一世でも活用されなかった染みはかなり薄くなるか消えてしまうのじゃ」
木の短剣と小型の盾であるバックラーを取ったレフィーリアは隅っこで2人を見ていたアーナの所まで行き、その肩を押しながらエイシの近くまで来た。
「ほれ、アーナ、いい魔法が出来上がったみたいじゃぞ」
「えっ、えっ?」
「えっじゃない、掛ける相手がいなければ訓練にならんじゃろ」
「……女神様がエンハンスを受けるのでは?」
「エンハンスを受けた妾と戦ってくれるか?」
ニタリと意地悪く笑った女神が怯える少女の背中を強く押した。
「わわわ私、かかか体動かすの、ににに苦手で」
怯えきり涙目になったアーナがエイシを見る。
「……本当に女神なの?」
「まあまあ、神を鬼畜扱いする前に説明を聞くのじゃ。まず妾の体は人間とは違っておる、だから妾で練習して変な癖がついても困るのじゃ。そして何よりエンハンスにおいて重要なのは相手の魔力の波長を知り、自分の魔力をそれに近づける事じゃ。その点じゃ親和力はエンハンサーには重要な項目なんじゃが、それは掛けられる方も同じじゃ。さて、アーナが何故この歳で神官長を務めていると思う?」
「親和力が高いから?」
怯えるアーナがコクリと頷いた。
「神官に選ばれるのは親和力が高い者なのです。その中でも群抜いている者が長となるのです、光栄な事ではあるのですが、うぅ」
「ふはは、エイシも世が世なら神官長になれたぞ。っとまあ要するにアーナはいい練習相手なのじゃ。念話も済ませたらしいし、波長合わせは終わったようなものじゃろ。それに、妾としても体を動かす練習になるしのう」
ニヤついていたレフィーリアの顔が最後の言葉を終える前には真剣な顔になっていた。
彼女なりにどうにかしようとしている事が伝わってきたが、同時に魔法の練習に夢中で頭の隅に追いやられていた現状を思い出して不安になる。
「アーナちゃん、やってくれるかな。ねぇ僕も一緒に戦ってもいいよね」
「ふふ、いいとも、最初からそのつもりであったからの」
「うぅ、わかりました」
レフィーリアに促され、2人は武器を選んだ。エイシは木製旋棍、アーナは短めの木製棍棒を持ち、2人並んでレフィーリアと対峙した。
「回復魔法なら妾もアーナも得意ではあるが、大怪我しない程度に手加減するのじゃぞ。出力調整も訓練のうちじゃ」
エイシに向けられたその言葉に頷き返す。
「始めぃっ!」
レフィーリアの開始の合図と共に事前に打ち合わせた通り、2人で後ろへ下がり距離を取る。だがそれを読んでいたレフィーリアが突進してくる。
「エイシ様っ、お願いしますっ!」
「全身強化!」
突進するレフィーリアを撃退しようと棍棒を振り上げたアーナへ急いで手をかざし、魂の染みから得た呪文を唱えた。
呪文を唱えた事により魔法の行程のイメージがより一層固まり、初めてとは思えない程スムーズに手の先から魔力が放出されるのを感じた。
「やぁっ!」
アーナは凄まじい勢いで、そして早すぎるタイミングで棍棒を振り下ろした。木製棍棒が床を砕き、そして棍棒自身も折れた。それを目を見開いて驚きの表情で見つめるアーナの頬をレフィーリアが木製短剣の腹で引っ叩いた。
「いひぃ〜ん痛いぃ」
「まったく、愚か者め、加減をしろと言ったばかりであろう」
「そっちは手加減無さすぎ……」
「悪いがそんな猶予はない、今この時襲撃があってもおかしくないのじゃぞ」
エイシは自分の掌を見つめた。
(そうだ、こんな所で死にたくない。弱音を吐く前にやれる事をやらなくちゃ)
深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「もう一度――」
「女神様、アーナ殿!襲撃です!」
扉が勢いよく開き、血相を変えた髭面で強面の神官が部屋に飛び込んできて言った。
「本当ですかヴィルさん!?すみません、私行きます!」
「くそっ、言ったそばから!……待て、アーナ!ヴィル、扉から離れるのじゃ、背後に誰かおる!」