第4話 少年、学習する
「なんでじゃあ!妾が欲しているのは前衛じゃぞぉ!」
女神レフィーリアの叫びが世界樹の間に響き渡る。
「女神様、落ち着いてくださいよ!エイシ様、いったい何があったのですか、さっきようやく前向きになったと思ったのに……」
両掌に顔を埋めて机に突っ伏すレフィーリアをこじんまりとした神官長のアーナが胃を抑えながら必死になだめる。
彼女がレフィーリアに命令されて、別室から大量の紙やらペンやら本を持って戻ってきた所だった。
「いやよくわからないんだけど、君が席を外してる間中、僕のことをジッと見つめたかと思えばこれなんだ」
「ははぁ、魂の鑑定を行っていたのですね」
レフィーリアがガバっと顔を上げエイシを指差して言う。
「そうじゃ、魂の染みを調べていたらエンハンス魔法ときた!妾が欲しているのは前衛じゃぞぉ!」
「それはさっき聞いたよ……。しかしまあ、染みとかエンハンスってのは?」
「染みは置いといてですね、エンハンスは主に前衛を担う方々のサポートをする魔法です、具体的には身体強化魔法の底上げですね。いいじゃないですか、エンハンサー!」
エイシは魔法という響きに胸が膨らみ、自らの掌を眺める。それを見たアーナが何か思いついた様子で積み上げられた本の山を崩して何かを探し始めた。
「そういえばエイシ様の世界はマナハイドの世界でしたね、ということは当然魔法も存在しなかったのでしょうね。はい、これどうぞ」
目当ての本を見つけたアーナがそれを差し出してきた。『マナってなんだろう』と書かれた明らかな子供向けの絵本であったが、大人しく受け取り読み始めた。
しかし文字を追い始めてすぐに不思議な感覚に襲われる。知らないはずの知識なのに、思い出したように頭の中にマナについての知識が浮かび上がってきた。
「あれ、僕マナについて解る……」
やる気無さそうに椅子にもたれていたレフィーリアが口を挟む。
「はぁ〜、アーナよ、先も言ったが此奴は親和力が優れているのじゃ。マナの吸収によりこの世界の一般教養程度なら既に頭に入っているはずじゃ」
失態に気づいたアーナがハッと両手で口を押さえる。
「うーん、確かに知らないはずの知識が頭の中にあるよ。でも2人の言ってる事はさっきからピンと来ないんだよね、その親和力とか」
「まあ自然に馴染むまで待つ時間もない、起爆剤となるよう、掻い摘んだ説明をしてやろう。マナの中にはこの世界で暮らす生物の記憶が溶け込んでいるのじゃ。特に言語などの共通知識は記憶している人間が多いゆえ、マナの中に色濃く染み付いているのじゃよ」
レフィーリアの言葉を聞いてエイシの頭の中に情報の氾濫が起こる。
世界樹から吐き出されるマナ。生物は魂でマナを呼吸のように取り込む。
取り込んだマナは魂内に蓄積されている、記憶を含む生物としての情報をその内に溶かし込み、やがて大気へと排出されて世界樹へと戻っていく。
しかし他の生物と比べて意思の力が強い人間や一部の動物は取り込んだマナに意識を練り込むことが出来る。
意識を練り込んだマナを魔力といい、魔力にこうしたい、こうありたいという自らの意思や想像を意図的に情報として混ぜ込み、体内を循環あるいは放出することで魔法を発現させる。
「――っとこの様に魔力を大気中のマナに伝播させて連鎖反応を起こさせるのがいわゆる外放型魔法を上手く使うコツじゃ。一方身体強化魔法を始めとする内巡型魔法は自らの体内において魔力の状態で使用するため、比較的容易と……エイシよ、大丈夫か?」
レフィーリアに言われて自分が大量の汗をかいている事に気づく。
アーナが心配そうに差し出してくれた、ちょうど飲み頃のお茶を一気に飲みほす。鼻孔に広がる薬草の香りとジンワリと体が温まるのを感じ、気分が落ち着いた。
「ふぅ、ありがとう、アーナちゃん。つまり、僕のこの記憶は吸収したマナから得られた情報ってことだね」
「んん?まあそれはそうじゃが、今妾が話していたのは外放型と内巡型の話じゃぞ?お主、頭大丈夫か?」
レフィーリアの言葉にイラッとして、体をアーナへと向けて話す。
「ちょっといきなり多くの情報が流れ込んできたから整理させて。親和力というのは自分の意識の練り込みやすさ、つまり魔力が作りやすいって事かな?あとマナからの影響も受けやすい、と」
「そうですそうです!それと親和力が高いという事は魔力操作が得意とも言えます。魔力の波長をいじって大気中のマナへの伝播を起こしやすくする、とかです」
「それってつまり僕は魔法使いタイプという事!?よっしゃ!」
どうせ異世界に来たのなら魔法タイプがいい、と内心思っていたのでガッツポーズで喜んだ。
「残念ながら、よっしゃ!ではないんじゃのう。強力な外放魔法を使うには魂に多くの魔力を蓄える必要が出てくるのじゃ。確かに親和力があればロス少なく魔力を放出、伝播させる事が出来る、がそれでも魂のランクが平々凡々なBランクのおぬしではちょっと強めの魔法使いが精々といった所じゃな」
「ま、まあ、あくまで魔法特化の人基準ですけどね!」
レフィーリアの無遠慮な言葉にアーナがフォローをいれる。しかしエイシの心には影が落ちた。
(僕は異世界でも平々凡々か……)
元の世界での刀弥と矢歌の活躍が頭をよぎり、ふとレフィーリアが言っていたSランク剣士とAランク弓士の言葉を思い出した。
(きっとあの2人の事だったんだ、差を決定づけられちゃったなあ)
「そ、そうだ!エイシ様はエンハンサーです!親和力の高いエンハンサーならきっと女神様との相性も抜群!無敵の2人になれますよ!」
アーナが無理に明るくはしゃいだように言う。気がつけば自分が俯いていた事に気づき顔を上げる。心配そうにこちらを見つめるアーナから顔を逸らすと、今度はレフィーリアと目が合い、彼女がバツの悪そうな顔をしている事に気づいた。
(っと、いけね、僕が落ち込むとみんなが暗くなる)
拳を強く握りしめ元気を装う。
「ううん、弱くても魔法が使えるなんて夢みたいだよ!それで、実際にどうやって使うの?」
落ち込みかけると空元気を出す、刀弥と矢歌、2人の側にいたいという思いから生まれた悲しき習性であった。
「ま、まあとりあえずは妾が前衛で戦うとしようかの。どれ、エイシよ、ちょっと体を動かそうじゃないか。場所を移すぞ。おっとその前に支度をすませて来る、しばし待つのじゃ」
そう言ってレフィーリアが樹に向けて手をかざす。一瞬で宙に青白い渦が現れて、その中へとレフィーリアが入っていった。
まったく勝手な女神様だね、そうアーナに向けて言おうとしたその時、控えめな装飾を施した白いシルクのドレスを着て、血糊を落としたレフィーリアが渦から出てきた。
「は、早いね」
「あの中は妾の空間じゃ。マナの力で着替えや身の洗浄程度、秒で終わりじゃ」
世界樹の間を出て石造りの廊下に出ると、何人もの神官服や鎧を着た人達が忙しそうに走り回ったり部屋の出入りをしていた。
(そういえば自分の事で精一杯で、この世界の状況をぜんぜん聞いてないや)
レフィーリアの後について歩きながらそんな事を考えていると、啜り泣く声が聞こえ始めた。
少し進み、その声が廊下に面した中庭から聞こえてくるものだとわかった。思わず足を止めてその光景に釘付けになる。
布をかけられた多くの死体とその周囲で悲しむ人々だった。
「先程の戦闘で犠牲になった衛兵の皆様とその親しき方々です」
後ろを歩いていたアーナも同じく足を止め、説明してくれた。
「今この世界ではあらゆる所でこの様な悲劇が繰り返されています。ううん、もうここが、世界樹が奪われたら繰り返される事すらないのかもしれません」
「それって……」
「世界樹が奪われたらこの世界が終わるのじゃ。そして敵はもうすぐそこまで迫っておる」
少し先で足を止めたレフィーリアが中庭へ顔を向ける。その表情や態度は平静を装っていたが、エイシは周囲のマナがざわめき立つのを感じとった。
「そうじゃの、お主にも今の状況を教えとかなくてはな。じゃが時間がない、歩きながら話す、それ、行くぞ」